90歳の新人が描く戦後、と新聞には紹介されていたが、長編の映画を監督をするのは初めてというだけで、美術監督としては長い経歴を持つ巨匠だという。
木村威夫90歳、鈴木清順や熊井啓の下で腕を振るったとあるが、なるほどという場面がたくさんあった。
「美術は映画全体に大きく影響する」という黒澤明の言葉は、偶然にも昨日耳にしたのだが、まさにその通りだと思った。映画は映像芸術であるのだから。しかしその美術監督の名を私は知らなかった。前述した有名な監督の名前の陰に隠れて、私のようにいい加減に見る人間の眼には留まらなかったのである。
場面は老夫婦の朝の光景から始まる。美術監督の夫(長門裕之)が映画専門学校の学院長というのからも分るように自伝を骨子としたもので、その現在と戦中戦後の青春や時代60年が、回想の映像で語られる。妻(有馬稲子)は車椅子の生活、若い溌剌としたお手伝いさんがいる。学園の学生で、マリリン・モンローの刺青をしてちょっと飛び上がった青年(有望な新人という井上芳雄)、しかしどこか才気を感じさせながらも繊細な神経ゆえに心を病んでいる(最後には死を迎える)、との交流を描きながら自らの青春を重ねながら戦後の世相などが描かれている。
朝の昭和の時代を感じさせる食卓が、泰西名画を感じさせるように美しい。ロマンティシズム、エロティシズム濃厚な美しい画面、昔見た鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』を思い出した。また画面いっぱいの絢爛たる桜並木に以前ここで見た黒木和雄の『紙屋悦子の青春』を思い出した。そうか、彼が美術を担当したのだなあと思うのだった。
ここには脇役としても、宮沢りえ、桃井かおり、そしてこれが遺作となった亡き観世榮夫も出演する豪華キャストである。
主人公の自宅から職場である学園までの途中に、大きな瘤と空洞を持つ巨木がある。それに象徴されるような、一人の男の物語であった。もちろんその物語そのものというよりそれらの時代を独特の感覚的な美しい映像で描いたものである。
ちょうど古本祭りで神保町は賑わっていた。天ぷらはよくないなと思いながらも、「いもや」に入ってお昼を食べて帰った。
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