原作=藤沢周平、脚本=吉永仁郎、演出=高橋清祐
舞台は江戸時代の化政期、日本橋、深川、両国、本所などの市中。主人公は紙問屋の主ということからも判るように近松の世話物、心中物を思わせる世界であるが、なかなか迫力があり、現代性を感じさせられる芝居であった。
幕はなく、舞台装置も特別になく、海鳴りを思わせる不気味な音響によって始まる舞台(海鳴りは嵐の前兆である。主人公が江戸に奉公に出る途中で聞いたという伏線あり。その未来を暗示する言葉であるが、もっと深い意味を持たせているとも考えられる)には奥に弧を描くようにパノラマスクリーン、真ん中をすっぽり空けた両側には三枚ずつの黒いボードが遠近を持って並べられ、それを場面毎に黒子が敏捷に動かして様々な場面を作るのである。
スクリーンは、荒れた海辺となり、江戸の街並みとなり、また満開の桜堤、また急な夕立なども通行人たちの巧みな演技によって浮世絵のような光景が映し出される。左右に並べられたボードの間は、あるときは商家の部屋部屋、料亭や宿、または街道が、帳場格子や長火鉢や竈、軒行灯や茶屋の腰掛、小道具が置かれることによって場面が設定され、作り付けでないだけに小刻みな筋の展開が可能になるのであろう。
粗筋は、下積みから身をおこしひたすら真面目に働いてきた紙問屋の新兵衛(西川 明)が、あることから同業者の女房おこう(日色ともゑ)と知り合い、偶然の成り行きもあって、しだいに恋心を抱くようになるという設定。40半ばと30を過ぎた、当時としてはもう互いに老いが近い、それまでは制度上からも恋心などというものを思ったこともない真面目一方の二人の初恋に似た純愛物語である。もちろんこれの成就は、不義密通で獄門物である。しかしこれが近松の世話物とはならないところに藤沢周平の緻密な創作方法とまたそれへの人気があるのではないだろうか。
江戸時代は、すでに高度な経済社会、消費社会であって、そこに江戸文化が栄えたのであるが、「紙」というのも現代と同様に商業上重要な産物であって、それを生産、売りさばく機構は紙問屋を頂点として、その下に仲買があり、その下に紙漉きの職人たちがいる。それは今の会社組織と類似していて、問屋の中にも有力な少数と中小の幾つか、互いに競争し、合併があり浮き沈み、転落があり成り上りがある。
すなわちこここに現代社会と通じるものがある。この舞台は紙問屋の大店たちが仲買を通さずに直接紙漉きから上納させようとの画策があり、その寄り合いの場面から始まるのだが、それに対して新興紙問屋(仲買人からはじめ、紙漉き職人のことも良く知る)の、真面目な新兵衛が、異を唱えようという背景があり、また相手のおこうがその敵側の大店の女房という事で、しだいに二人は追い詰められていくのだが、それもサスペンスに似た展開がある。
近松の「心中天の網島」の主人公の治兵衛も紙屋であるが、その不始末の原因は、ただただ男の浮気と弱気が主な要因で、封建社会での組織上の不合理とは何の関係もない。ただその締め付けから逸脱しようとする人間としての情愛への眼差しがあるだけである。
また裕福で幸せそうにもみえる新兵衛の家庭も着飾って出歩くばかりの女房とは口もきかず、長男は放蕩三昧という隙間風だらけ、(長女だけがけなげで希望を感じさせる)今のモーレツ出世社員の家庭を思い出させる。
一方おこうの子どもが出来ない事から石女と姑からはいじめられ、しかも夫が外に生ませた男の子を跡取りの養子にという不理尽に耐えている。
寄り合いの帰り道、無理に酒を勧められて気分を悪くしているおこうを介抱して、止むを得ず連れ込み宿に一時寝かせてもらい介抱したそれを目撃され、実に覚えはないものの蛇のような男(紙問屋ではあるものの零落して夜逃げ寸前)に強請られそれが高じて、最後はもみ合いのさなかに脳卒中で死んだことから、結果として二人は駆け落ちということになるのであるが、結局はその事件の発端が二人の恋心に火をつけ、しだいに掻き立てることになる。
もう一つ、近松と違う事は、相方である女性のおこうである。
自分一人だけ身をくらませてしまいおこうをそのままに、と思う男に対して、一緒に行くというのは当然かもしれないものの、しだいに強くなっていくのである。それは男が遠い見通しを持たねば生きられないところがあるのに対して、一瞬を生きることに長けている傾向にある女の強さをうまく表現している感じがした。偽の関所の通行手形も用意し、また行く先も自分の乳母の里という水戸に変える。追っての目をくらませるためにはその方が良い。現実的な手を考え、生きられるだけ生きましょうと言う。
幻として晒し者になった心中者姿を時々映し出しながらも、最後は荒れた海をバックに舞台に二人の旅姿が現れ船出を知らせる声に向う情景で終わる。海鳴りが一際強くなる。
民藝の舞台には珍しく、ブラボーという声が2声もあがった。
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