「セールスマンの死」などで知られるアーサー・ミラーの作品。
これも同様、1929年米国を襲った大恐慌後の社会を、一家族の姿を通して描いたものである。(ミラーの父親の会社も倒産した)
一代で財を築き成功者として豊かなブルジョア生活を送っていた父親は一夜にして破産、その後父親が亡くなり、遺された家具を処分するために別々の人生を送っていた兄弟が16年振りに再会する。そしてそこで自分自身、家族、そしてそれを通して経済で動いていく社会というのがあぶりだされてくるといった、心にずしりと来る舞台であった。
互いにすでに娘と息子をそれぞれ一人ずつ持っていて独立もしているという、人生の締めくくりの年齢だが、無気力になって働く事も出来なくなった父の面倒を見ながら、進学も諦め地元で慎ましく警察官を続けた弟は、家を出て希望する医学の勉強を続けて医者として成功した兄に対して抑え難い感情があり、二人の溝は深い。弟の妻は兄弟を仲直りさせようとするが、古家具という遺産を前にして(舞台の真ん中には父親の象徴のように皮製の大きな安楽椅子がおかれている)、当時は見えてなかった真相や互いの思い違いや行き違いが、かえって露呈されて、いまは妻と別れている兄の歩み寄ろうとする気持も、結局逆効果になる。結局は、どんな経緯があろうと、それは各自が選んだ道でありそれを引き受けるしかない。互いに積年の感情を吐き出した後、安易な和解というのではなく、それぞれに、というより弟は、新たに歩みだしていくのである。
THE PRICE は、遺された家具を丸ごと売ろうとして呼んだ古物商がつける値段でもあり、それに絡めて一人の人間の値段、又はこの世で支払わなくてはならない自らの代償、代価という意味となり、ここでは代償と訳されている。
登場人物は、たった四人。ビクター(弟=西川 明) エスター(その妻=河野しずか) ソロモン(古物商=里居正美 ) ウォルター(兄=三浦 威)、この少数の演技者の台詞だけで2時間強を持たせるのはやはり役者だけでなく脚本の構成と会話の力によるところが大きいだろう。(現実には昼食の後だったせいもあって、時々眠気に襲われたりもしたが・・・)
深刻な内容だが、それを茶化すような、時にはしゃしゃり出て邪魔するような古物商の存在が大きい。ちょうどギリシャ悲劇に不可欠の道化のようなもの。ソロモンという名前もそれを暗示しているようだ。
里居さんの、サンタクロースも顔負けなほどの真っ白い豊かな髭が見事である。本物かと質問されるというが、本物で、これに備えて伸ばし手入れしていたそうである。役柄つくりに最初戸惑ったという。確かに不思議な人物で、正体が掴めない。でもあの道化と考えれば理屈では理解できる。愚かでふざけた行為や言葉を発しながら、神のような視点を持ち予言をする。
実は、これは本邦初演だという。解説によると、その当時(1968年頃)、オーソドックスな演劇様式によって作られたこれは時代遅れと見られ、アーサー・ミラーも古い世代の劇作家と思われていたのだという。舞台一杯に積み上げられた豊かな時代を象徴するような重厚な古家具類、一度は置き場所もないと嫌われたそれらも、その当時でも値が上がってきていると古物商が言うが、今ではもっと珍重され見直されている。その戯曲もそれから40年経った今、少しも古くないのである。
むしろ「家族のあり方、夫婦の絆。それらに絡む金銭の問題。1968年の米国社会が、バブル崩壊後の日本のいまの社会と重なって見えてくる。予言書のような作品だ」(朝田富次ー月刊「民藝の仲間」)というように民藝らしい舞台であった。しかし入りは良くなく、空席もある。やはりスターが出なければ、このようなものである。劇団を保ち続けるというのも大変である。
私も「仲間の会」に入っていなければ観に来なかったかもしれない。又このような内容をずしりと受け止めるのは、私自身が自らの人生のプライスは・・・と考えさせられる年齢になっているからだと思う。そんなことまでいろいろ考えさせられた。
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