春の台峯歩き

昨日の日曜日、前回は休んだ台峯歩きに参加してきました。
参加者は15、6人の少人数、初めての人はいませんでしたから、のんびりユックリと、まさに道草を食いながら歩きました。
なぜならいま芽生え、芽吹きの時で、何でもない道端でもたくさんの草の命が蕾や花をつけていて、それらを丹念に観察しているだけで何時間もたってしまうのだということを、実感させられました。
でもそれはやはり彼らのことをよく知っていなければ分らない事です。何事も深く知れば知るほど奥は深く、謎は深くなるということ、微細なものにも宇宙に匹敵するような世界があり、同様な調和があるということ、(少々大げさかもしれませんが)そんな事を感じた半日でした。そしてそれが分るのは、それらを深く知っている人の案内だからだと言うことも、身にしみました。
歩き出して間もなく第一の田んぼです。
まだ田植え前なので雑草に覆われていましたが、蛙が盛んに鳴いています。その蛙も先ず赤蛙が出現し、次にシュレーゲル蛙、次に雨蛙が出て来るのだそうです(蛙暦といわれるものもあるそう)。この後、谷戸に下ってから湿地帯に入って行き、ちょっと中に踏み込んでおたまじゃくしを見せてもらいました。小さな水溜りに彼らはひしめき合っていましたが、そのなかの一体何匹が蛙になることが出来るでしょう。また繁殖が出来るのは3年ぐらい経たねばということですが、それまで生き延びられるのは何匹でしょう。
さて雑草と一概に言ってしまいましたが、いえいえ、この雑草の世界こそ環境を敏感に感じ、多種多様で面白いものの宝庫のよう。
そこにはキツネのボタンといわれる、菊のような小さな黄色い花が咲いていましたが、それと良く似たタガラシとどう違うのか。また畦にはハルシオンが蕾をつけていましたが、その蕾のつけ方の特徴、そして良く似たヒメジオンはまだで、その違いはどこにあるのか(これは前に書いた)。「はこべらは敷くに由なし」(『千曲川旅情のうた』)と藤村がうたったハコベも、実は3種類あっていわゆるハコベ、そのほかコハコベ、ウシハコベがあり、それはどう違うか、実物を手にとって説明してくれたのですが、米粒ほどの花の中の構造がまさに違うわけで、そんなことを観察(といっても教えられながら)しながらですと全く日が暮れてしまうほど、世界は驚異に満ちていると感じさせられるというわけです。ノゲシとそれに花が似ているオニタビラコはどう違うか、これを実物を眺めると良く分ります。しかしこれら知識は付け焼き刃なので、直ぐ忘れてしまいます。
そのほか白い小さな花をつけた、葉っぱをこするとキュウリの匂いのするキュウリグサ、白い花のノミノフスマ(蚤の衾)、カラスノエンドウは知っていますが、カキドウシ(垣通し)、ツルカノコ(蔓鹿の子)、前回書いた「仏の座」を圧迫している「姫踊子草」(外来種)、「藪人参」、浦島草の花もありました(これはわが家でも今年は出現しました)。そのほかいろいろ、今回は地面の草の方を主として眺めながら歩いたのです。
「老人の畑」と呼ばれている一番見晴らしの良いところでは、ススキの種を植えました。
荒地に生えるというこのススキが今少なくなっているとのことです。それでここのある部分をススキ原にしようというわけです。
今回の憂慮すべき事柄、前にもいいましたが、鳥たちの渡りのルートである緑地が大きく宅地開発により切り払われ、断たれた箇所がいっそうはっきりとその姿の無残さを露わにしていましたが、帰り道を辿っていたときに、大きなゴムボートを抱え、何本も釣竿をもった青年とすれ違いました。私たちはびっくりして、ここでは釣りは出来ない事になってますよ、と声をかけましたが、無視をしてずんずん中に入り込んでいきました。何人かが大きな声を出して咎めたのですが、それ以上のことは出来ません。出口には何台かの車が止まっていて、どれだろうと覗いてみたのですが、それ以外は出来ません、皆横浜ナンバーのようでした。
ここはガイドブックにも紹介されるようになりだんだん名が知られるようになって来ました。悲しいことですが、心無い人の進入を防ぐのは難しくなります。あの青年はこんな湿地帯と沼地でしかない地味な場所で一体何をしようというのでしょう。
 

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