今年も早々にファンタジーの新作を出された。一昨年、第一作の『かはたれ』で、大賞をはじめ3つもの賞を独り占めなさったが、その後毎年一冊ずつ上梓されている健筆ぶりで感嘆するばかりだ。
前作2冊は福音書店からだが、今回は学研の新・創作シリーズからである。絵は、ささめやゆき氏である。
前2冊も、その感想をここに入れてきたので(`005.10.26と`006.12.17)、今回も書くことにしました。いろいろと考えさせられることがあったからです。
これは、のどかな春の或る日、れんげ畑に寝転がってうとうとしている女の子(也子=かのこ)が、ふと子狐らしきものを見ることから始まり、その後秋までのお話です。それは確かに狐の子どもで、しだいにその子狐と仲良しになっていき、話す言葉も聞こえるようになっていきます。
作者の前作も河童と人との交流が描かれていますが、ここではそれが狐です。ここではただ女の子だけではなく祖母や母、村人たちの狐に化かされる話がたくさん出てきます。昔はそういう話が多くありました。狐だけではなく、狸や狢、人に身近な動物たちに人は化かされていました。この辺りの語り口は民話風で、それゆえに作者の出身地である広島の風習や方言が、もちろん注をつけてですが紹介され、その当時の村の暮らしや遊びの様子が、女の子の目から見た形で楽しくありありと描かれています。これらは私にとっても懐かしい風景であり暮らしです。
そうです、これは今日の話ではなく、60数年前のお話です。
これまでも同様ですが、作者は自然の中での人間と動物の交流をファンタジックに描いているのですが、その底には秘められた意図があります。
作者は原爆2世。詳しいことは聞いていませんが、近しい人にはたくさん体験者があるようです。
このお話は、そのピカドンが落ちるまでの、村のなんでもない、しかし豊かで活き活きしていた日常、狐たちとも当たり前のようにいっしょに暮らしていた日々が語られているのです。
このことを知っている私は、これを読み進むにつれて、少しどきどきしました。いつそれがやってくるだろう・・・と思うからでした。その頃にはもう也子と子狐は鎮守の森や竹林、ひめじょおんの原っぱで遊んだり、とつとつながらお話も出来るようになり、プレゼントをするようにもなっていました。
しかし、とうとうその日がやってきました。
町ではなく在で、しかも鎮守の森と裏の竹やぶが盾のようになっていたため、也子の家の者は幸い皆無事でしたが、町に出かけた者は帰ってはきませんでした。そして也子もプラタナスの木陰にいたために助かったのである。この物語では、その悲惨さについては、もちろんさっとしか書かれてはいません。それで十分でしょう。最期に「おきつねさま」たちが登場する。お母さんをよく化かした、若いおきつねさんは、町に行ったらしく死んで見つかった。子狐は・・・・。その後也子の前には現われませんでした。ただ、地蔵石の前に、也子が欲しいといった白い彼岸花の束が置かれてあったのです。
彼岸花は、死者と交流するお彼岸の季節に咲く花、それを簪にするということからも作者の気持が感じられます。人間よりも動物の方に弱い私は、子狐もピカドンの毒にやられて死んでしまったのではという作者の筆の運びの時にはうっすらと目が潤んでくるのを感じました。
「あとがき」にもあるように、この物語は原爆そのものの悲惨さを訴えようとしたものではないのです。
何が書きたかったといえば、「戦時下のきびしい暮らしの中でも、子どもたちは、元気よくかけまわったり、縁側であやとりしたり、おばあちゃんにお話を聞かせてもらったりしていたのです。・・・・この物語を読んでくださったみなさんと同じように」。「そんなあたりまえの暮らしが奪われることこそが戦争のかなしみなのだと、わたしはいつも考えています」と。そして、戦争とは、一瞬のうちに7万を越える(原爆の死者)の命が失われ、その暮らしや絆が断たれることです。
その暮らしを日常を絆を、甦らすことで、そのレベルから原爆とは戦争とはどういうものかを、考えてもらいたいという気持があるのだと思いました。
これを読む少し前に、私はTVで「世田谷一家殺害 7年目 闇と光」をみました。正月を控えた30日、理由もなく一家4人が惨殺された事件です。今だもって犯人は捕まらず動機も考えられないという事件ですが、その一家は、紹介されている限り仲睦まじい(たくさん一家の写真がある)、羨ましいような家族で、恨みを買いそうにもないのですが、ここではその事件そのものではなく、2所帯住宅の隣に住み家族ぐるみで仲良く付き合っていた、奥さんの妹に焦点が当てられていました。
これまで密接に付き合い、暮らしを共にしてきたような姉夫婦と幼い子どもたちが、数時間の間に、突然理由もなく皆殺しにされ、その目撃者となる。その驚愕と喪失の悲しみ、後悔(なぜ隣にいながら助けることが出来なかったか)は想像に余りあります。もちろん殺された者の無念は当然ですが、残されたものはその悲しみと無念さを一生重たい荷として背負うことになります。そこからいかに立ち直って行ったかが、たどられていました。なぜ?という思い。不条理ともいいたくなるような状況の中に、想像の上でも自分を置いてみるとその重たさが分ります。
彼女は、周囲の励ましもあって徐々に回復の道を歩むのですが、最近絵本を出されたことを知りました。
その絵本の内容は、4人との交流の日々、楽しかった思い出を描いたもので、『ずっとつながっているよ』という題です。その絵の内容も少し紹介されていましたが、とても綺麗で楽しい絵本のようでした。そしてそこでの物語の主人公は、4人が大切にしていた「熊の縫ぐるみ」です。
その熊さんが2人の子ども、そしてお母さんお父さんに可愛がられていて、ある日突然彼らがいなくなったという設定であるに違いありません。
どうして彼らがいなくなってしまったのか、楽しかった日々がどうして突然なくなってしまったのか、熊のプーさん(という名ではないのですが)は、どう理解して良いか分らないでしょう。それが突然命を断つという殺人なのです。
一人の人間が行うその悪を、国家規模で行うのが戦争であり、原爆投下だと言うこと、そして片方の主人公が、子どもたちが可愛がっていた熊の縫ぐるみであること、もう一方が子狐であることに、不思議な暗示を感じました。
真に重たい問題は、ファンタジーでしか表せないのかもしれないと思いつつ・・・・・。
もう一つ、思ったことがあるのですが、それはあまりに長くなるので省略することにします。
ただこれも最近読んだ本、『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(内山節)講談社現代新書、によって、キツネに化かされていたというのは一体どういうことだったかを考えると、このファンタジーがもっと深く鑑賞できるように思われるからです。くだくだしく書き連ねましたが、我慢強く付き合ってくださっていた方がいらっしゃいましたら、感謝いたします。
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