井上ひさしの「東京裁判三部作」シリーズの3作目とのこと(演出:栗山民也)だが、戦争責任を考える上で、「日本語」自体に焦点が当てられているらしいことを新聞の劇評で知り観に行こうと思った。
ところがまだ中(なか)日にもなっていないのに全日程満席と言う。当日売りかキャンセルしかない。井上ひさしの劇は評判が高いことは知っていたが、やはり新聞に紹介されたからであろう。民芸の場合でも、そんなときだけは補助椅子が出たりする。どちらかと言えば真面目で真摯な民芸に対して、コメディー仕立てで面白おかしく物の本質に迫ろうとする井上劇は前に『円生と志ん生』を観たが面白かった。
何とかして見たいものだ、せめて台本だけでも読みたいと思ったが(よく文芸誌にそれが掲載される)、まだ出ていないようだった。ここで言ってしまいますが、実は『すばる』8月号に載ったばかりで、それが劇場で販売されていました。こんなことを言っているのですからもちろん私は切符を手に入れたわけです。キャンセルを狙い、まだ日にちはあることだから毎日でも電話をしようと思っていたのですが、運良く二日目に取れました。初台にあると言う新国立劇場は初めてでした。
当日は出かける日が続き疲れていたこともあって、最初は少しうとうとしてしまったところもありましたが、だんだん面白くなり目もぱっちりしてきて引き込まれ、笑ったりもしながら最後では大きな拍手を送りました。
井上氏は言葉へのこだわりがあって、そこに私も興味が引かれます。この作も「東京裁判」の一環として、「戦争責任をあいまいにしてきた庶民の心性そのもの」(新聞評)を、底から見つめようとするものですが、それは日本語という言葉に拠るところが大きいと言う点に、大いに興味がありました。この問題は言葉に関わるものとして常々考えていることですが、問題は大きく、ここで論じるわけには行きませんが、劇の中で言われていることを簡単に言うと、日本語には主語がない、主語「が」が省かれることが多く、状況「は」によって物事が決まる、だから「が」の責任は問われることなく、「は」の状況によってクルクル変わることができる・・・。そして「は」という状況の中に、主語の「が」を捨てて隠れることができる といった(言語学や文法的な硬い内容の)ことを、敗戦後人間宣言をした天皇の地方巡幸という舞台設定で劇に仕上げているのはなかなかのものです。それをビジュアル化したものが屏風という発想も面白く、元大本営参謀で自殺を試みるが命をとりとめ、今は古美術商をしている男(角野卓造)が商う古い屏風の数々です。天皇はもちろん金屏風で、ご巡幸のリハーサルをするという筋書きの中で、天皇の責任についても追求されているのですが、これは新聞には取り上げられないでしょう。
状況というのは、場です。
「金屏風でおごそかな場、簾屏風でくつろぎの場、枕屏風でやすらかな眠りの場、・・・・・・私たち日 本人は、屏風を使って、一つの座敷をいろんな場に変えるんだよ。昔立っていたのは天子さまの屏風、今立っているのはマッカーサー屏風、だからそこは民主主義の国、自由自在なんだ。」と。
もちろん劇はそういう論理的なものだけでなく、時代風俗や色恋沙汰もまじえつつ歌と台詞で楽しませられますが、最後はどんなことがあっても続いていく庶民の日常の大切さ、それに希望を託しつつ(「日常生活のたのしみのブルース」)最後にこう歌わせて幕を閉じます。
「この人たちの
これから先が
しあわせかどうか
それは主語を探して隠れるか
自分が主語か
それ次第
自分が主語か
主語が自分か
それがすべて」
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