駅に近づくにつれて

 駅に近づくにつれて、自動車や自転車が急に増えてきた。
 私は東京郊外のこの街に三十年住んでいるがここ数年のうちに、鉄とガラスで出来た高層マンションや
オフィスが侵入してきて、それまであった梅林や広大な農家が太い欅や美しい花を咲かせる桐と一緒に
消えていった。それとは対照的に道沿いに植えられていた桜や松は細い一本一本の木の枝まで注意深く手入れされている。
 ビデオ屋の通りを曲がると虫喰いのように穴が空いたアスファルト路に出た。その路を通ると、ああ、これは私の足のアレルギー皮膚炎と同じだと思っていたが、今日はきれいな路面になっていて驚く。
街は年々都会的になっていくのだが、あまりに人工的で嘘っぽいかんじがする。

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SOMETHING ISN’T GOING RIGHT ANYMORE

This morning around ten I was riding a bicycle not very far from where I live. I entered a narror
street bordered by houses where I looked at the camellias floweiring in garden corners and the
foliage of medlar trees, all the while enjoying the feeling of cool air on my face, despite the cold.
Then,just as I was going into a larger street, I stopped for a moment to let a car go by, But another
arrived right behind, and it gave me the shivers.
New year’s celebrations have just ended; could it be that my reflexs are still a bit dulled?
In any case, I read in my horosecope that I should watch out for car accidents this year.
Recently the number of aged people dying in bicycle accidents has increased considerably.
Ten years ago, my own mother-in-law,who was liveng in a house near the apartment that was turning left just as she was in the crossewalk, and she died of it at the age of 79.
TRANSLATED FROM THE JAPANESE BY CORINNE ATLAN

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1月10日の日記より     不安

 朝10時、私は自転車を走らせていた。家の近くの住宅地の細い径にはいり、庭の隅に咲いている山茶花を眺めたりしながら、枇杷の葉っぱを眺めたりしながら、寒いけれど新鮮な空気を顔に感じていた。
 それから、広い道に出るとき、ちょっと停止して車を一台やり過ごした。それなのにもう一台の車が通過してひやりとした。
 お正月が終わったばかりで体が少し鈍っていたのかも知れない。私の今年の占いは自動車事故に気をつけるようにと書かれてあった。
 ここ数年、老人の自動車事故死がとても多くなっている。また十年前に私達夫婦のアパートの隣室に
住んでいた義母が横断歩道を渡るとき左折してきた車にはねられて79歳で亡くなった。
 駅にちかづくにつれて、自動車や自転車が急に増えてきた。

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「流氷」飯島正治     事実

流氷     飯島正治
シベリアの捕虜収容所に送られて
六十年も消息がわからなかった父親が
突然パソコンの画面に
カタカナだけになって現れた
帰還した一人がこつこつ調べた死者名簿の四万六千人の一人だった
名簿には
アムール川の名を冠した下流の町に
埋葬されていると記されている
死亡日は重労働を続けて三年後の冬の日
同じ収容所の多くの仲間達も春を待てなかった
二月に北海道紋別に行った
海沿いの山からオホーツク海を望んだ
流氷が白い帯となって沖を埋めている
間宮海峡に注ぐアムールの水が海水を薄めて
蓮の葉の形をした流氷になったという
北風が吹いている
やがておびただしい数の氷の葉が
折り重なって海岸を埋め尽くすだろう
凍ったアムール川の底の
わずかな水も海峡をめざして這っている
 
 わずかな行数の詩という形式は、どうしてこんなに途方もない事実を描くことができるか信じられない
ほどである。この詩を書き上げた詩人はいまどんな気持ちでいるのだろう。
 カタカナだけになってあらわれた父親をどんな気持ちで迎えたのだろう。
 夏でも凍りつくような詩である。そして最後に、アムール川の凍った川の底のわずかな水でさえ
故郷に帰ろうと海峡めざして這っていると感じているのだ。六十年も立っているのに。

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「欠落」新川和江     こんどの

 こんどの新川さんの詩集『記憶する水』のなかで、わたしがいちばん好きだったのはこの詩です。ひとはちがう詩というかも知れないが、わたしはこの詩をすばらしいと思った。みんなすばらしいけれど。
欠落    新川和江
わたしは
蓋のない容れものです
空地に棄てられた
半端ものの丼か 深皿のような…
それでも ひと晩じゅう雨が降りつづいて
やんだ翌朝には
まっさらな青空を
溜まった水と共に所有することができます
蝶の死骸や 鳥の羽根や
無効になった契約書のたぐいが
投げこまれることも ありますが
風がつよくふく日もあって
きれいに始末してくれます
誰もしみじみ覗いてはくれませんが
月の光が美しく差し込む夜は
空っぽの底で
うれしくうれしく 照り返すこともできる
棄てられている瀬戸もののことですか?
いいえ わたしのことです
 
 アンデルセンのブリキの兵隊のようでもあります。泥んこになってたり、欠けてしまったり、いろいろ冒険してもこころを失わないモノとして。なんというか、この作品は最初は瀬戸もののことを
かこうとして、それが、きらっとひかる場所を探し、あまりにこころをひかれるので、「わたし」にしちゃったのかも知れません。「はじめに言葉ありき。」ではなく「はじめにモノありき。」ですと新川さんはおもっていらっしゃるのかもしれません。

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輪郭  ——還暦 原田瑛子    こんなふうに

 還暦をこんなふうに面白く捉えた詩を読んだことがなかった。びっくりである。
輪郭  原田瑛子
  ——還暦
まぶしさに目をほそめていた
いくさきに真っ白く光っているものの
とらえられない輪郭を
とらえようとして
いっしんにみつめていた
あしもとにはみしらぬ時があった
風のような果実のような
垂直のような
たおやかないいしれぬものたちに
囲まれていた
あるいたそして
ここに来たのだ
ここにいる
いま
後ろ手に
ざわざわとひきよせられる
時たち
ゆっくりと回転しながら
まきもどっていくモノクロの画像
にわかにわたしのうちがわをおおう
夕やけ だが
微熱をおびてなおも背筋をのばす
ものがいる
(そうよ
 そうすてたものでもなかったのだけれども・・・)
岩にうちつけられたままのこころや
むきあえなかったままのゆめ
が輪郭だけの星砂になって
ゆびのすきまからおちていくのを
みている

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「マリーナ」T.S.エリオット 人生の時の時

マリーナ  T.S.エリオット 水崎野理子訳
 ここはどこだ、なんという土地、世界のどこなのだ?
どんな海がとんな岸が灰色のどんな岩がどんな島が
どんな波が船の舳先に打ち寄せてきたか
松の香り 霧の中に聞こえて来るツグミの声
どんな風景が蘇って来るか
おお 娘よ
犬歯を研ぐ者は

ハチドリの栄光に煌めく者は

満足して豚小屋に居座る者は

獣の情欲にふける者は

彼らは消えて行く 風にかき消されて
この恵みによって
まっ風のよよぎ 霧の中のツグミとなる
この顔は何だ だんだんぼんやりしてだんだんはっきりしていく
手の脈はだんだん弱くなりだんだん強くなっていく
現実か夢か? 星よりも遠ざかりしかもだんだん近付いて来る
歯のそよぎと急ぐ足音 その中ささやく声と小さな笑い声が聞こえる
眠りの下 海は鎮まる
船は氷でひび割れペンキは熱の為剥げた
これは私の船 私は忘れていた
そして思い出す
船の装具は弱まり帆は腐ってしまつた
ある年の六月から次の年の九月の間に
私はこのことを忘れていた 人にも言わなかった
船板から水漏れがした 継ぎ目は修復が必要だ。
この姿 この顔 この命
私を越えた永遠の世界に生きている
私は私の命をこの命に委ねる
私の言葉をその未来の言葉に委ねる
私は目覚める 開かれた唇 希望 新しい船
どんな船どんな岸輝かしいどんな島が私の船に向かって来るか
霧の中私を呼ぶツグミの声
娘よ
 
 眠りから目覚めようとしているのか、あるいは、軽い痴呆症を患っている脳が再び活性化しようとしているのか? いずれにしても、意識が混濁しているときに言葉を発し、それを書きとめるとするなら、このような作品が生まれるのかも知れません。
 けれども、そうしたことは殆どあり得ません。恐らく、ごく稀にコカインなどの麻薬の助けを借りて、このような詩がつくられた例も幾つかあります。そういう場合、どこか不自然で、言葉そのものが貧しく歪んでいるのが通常です。
しかし、この詩はそういったことが全く感じられません。何かしら、この詩のなかで、わかり難い、ぼんやりしているところがあるとすれば、それは言葉がそうなのではなく、言葉の置かれている場所(夢と現実の間)がそうなのですから。
 つまりその場所とは(眠りと目覚めの間)であり、(痴呆と正常の間)であるからです。さらに、実は(生と死の間)であるからです。ということは、もしかしたら、(眠りと目覚め)、(痴呆と正常)は、そのまま(死と生)に結びついているひとつの同じ道程かも知れません。
 それが美しいとか、醜いとかいうのではなく、そこに生きる意味の本質があるとこの作品は語っているのではないでしょうか。

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「投光」 関 中子     もうひとつ

投光  関 中子
わたしは町の奥に住んでいる
町の東側に向かってずんずんずんずん歩くとわたしの住処に辿りつく
そこはかたつむり通りの向かい側になる
柿の木森の東隣ですすき原の西
くぬぎトンネルをぬけたところ
くぬぎトンネルに入る前に
夜になると西に沈んだはずの太陽がそっと隠れたつもりのような
太陽の幼子団地と名づけた建物群が散らばる
北の大地は太陽の幼子団地に仄かに照らされて地上に浮かぶ
そこで輝く変身山は一番迫力がある
さらに人が乗った噴火流が北に西に南へと見え隠れる
隠すものと隠されるものと
沈黙するものと声高に話すものとどちらも素敵に見える
時々 妙にもの哀しく見える
輝かない窓がいくつかあり
その窓の奥のできごとをひとつふたつ考えようとすると
窓の哀しみとわたしの胸をよぎった淋しさが
あたりまえの言葉は地中に埋めて人目に触れさせるなと震える
わたしには別れた双子の兄弟姉妹などいないのだし
わたしの窓はあの幼子団地にあるはずもない
わたしは町の奥に住んでいる
町の東側へ向かってずんずんずんずん歩くとわたしの住処に辿りつく
そこはかたつむり通りの向い側になる
柿の木森の東隣ですすき原の西
くぬぎトンネルをぬけたところ
三年前までは葛の葉橋を渡ったが
それは熊笹砦の思い出話になった
窓に向かって葛の花びらを投げた
まっすぐに投げた
でもたちまち勢いを失ってはらはらと熊笹砦を流れた
熊笹砦から西南を望むと町で誰かがまっすぐに
空に投光するのが毎晩見える
雨の日も 風の日も 曇り空の日も
まっすぐ まっすぐ見える
わたしの夢に形があるとしたらこんなふうに
空に向かって行きたいのでは?

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「かくされた町」関 中子      純粋

 言葉をあつかっていて、時々歪まないでいることは難しい。思想の深みにわけいり、闇の返り血をあびないでいることは難しい。ランボーではないが、精神の闘いはなかなかむずかしいのだ。ときどきは季節よ、城よ、無傷なこころはどこにある? などといいたくなるときも、ある。
 しかし、毎日のように、わたしは新しい詩に出会う。だから、いろいろなことはさておいて、詩に魅せられてしまうのだ。この詩はいつか、解説をかくつもりだが、まだ、書けない。半月ばかりよんでいてもまだ厭きないのはどうしてだろう。きっと本人が大事にしているからだろう。
かくされた町   関 中子
緑の起伏のなかに町はかくれた
昼が夜を訪ねるように小鳥がねぐらに帰るように
町はかくれた
わたしは道をくだると背後の道は閉じた
わたしは戻ろうと思ったか いいや思わなかった
青い空が視界を飾り またかくれたが
緑であふれでる泉が町の中央でとうとうと
躍動するのを感じた
町はあちこちで休息と活動を繰り返していた
駅で街角で建物の内部で
建物も人もどちらも数が多く憶えきることは無理だった
だれにも心をこめて
通り過ぎることも握手することもできなかった
遊び相手がわたしの願いのようにあらわれてそして消えた
その安易さはわたしはどこかに連れ去ろうとしていた
見えない手が地下を千手観音のように伸びくねり緑の束を振った
地上では緑の香りに鼻孔をふくらませうっとりと町の空気が半眼を閉じた
町は母親になるだろう
歩き回る誠実な園芸師になるだろう
疲れたわたしはあまりに身近な物がわすれられないように
緑の起伏のなかに町はかくされた

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追悼  ロストロポーヴィッチ

G線上のアリア     鈴木ユリイカ
  ——ロストロポーヴィッチの若き日の演奏をCDで聴く
黒い写真には洋梨のような顔をしたひとりの若いチェリストが
いまにも 死にそうな顔をして立っている 彼のいのちは
蝋燭の炎のようにふいにかき消えてしまいそうだったけれども
音楽家の手は神のそれのように美しくしっかりと楽器を支えている
チェロが鳴り出すと たちまち わたしの心臓はふくれあがり
血液は全身を駆けめぐった その時 わたしの中から
透きとおった五歳の女の子が脱け出し記憶の中で立ち止まった
その時 女の子の母親が「あれが東京よ」と言った
その時 引揚列車が停まり 硝子窓から何かが見えた
東京はなかった ぐにゃりと飴みたいに曲がった電柱と
恐ろしくいためつけられた大地と そのうえに降る
白いちらちらするものが見えた 子どもはまだ知らなかった
白い雪というもののしたで都市の数知れぬ建物が燃えさかり
人間が焼芋と同じに真っ黒焦げになることを知らなかった
恐らく数分間、数十分間の汽車の停止なのに女の子は憶えていた
汽車はゆっくりと走り去りもはや誰もそのことを語らなかった
知らなかった 夢の駅で汽車は幾度も停止し
あれがヒロシマよ と誰かが言った 知らなかった
はだかの人間の皮膚がだらりと垂れ下がったまま赤ん坊に乳を含ませるひとを
雪の中に黒い線路は続き吹雪は舞いG線上のアリアは続いていた
知らなかった ポーランドの田舎町では終日
人間を焼く匂いがし 知らなかった 中国の都市では
兵隊がにたにた笑いながら人間の首を切り落としていた
知らなかった ロシアの田舎町では戦車がガラガラと動き
壁から血が噴き出していた 知らなかった 知らなかった
知らなかったと言い いつまでも夢の駅でなきじゃくる五歳の
子どものまま歳とっていく わたしを知らなかった
吹雪の中で音楽は続いていた 恐怖の時代に個人が生き
耐えるとは何かを考えながら 音楽家はチェロを弾いていた
死んでいったひとひとりひとりを訪ねるかのように
死者たちに何かを話しかけていた 優しく 悲痛に
遠い流刑地にいる友に届くように 心をこめて弾いていた
それでも彼はまだ若く 時に死にそうになりながら
彼自身が死なないためにも弾いていた その時
わたしと 五歳のわたしは見つめ合いふたりで耳をすました
女の子はすでに知っていた
にんげん というものを
大地の心臓が破裂するまで近づいては遠ざかり
遠ざかっては近づき すべてをさらう戦争を       (1995、3)

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