「透過率」 渡辺めぐみ  現れてくることば

透過率   渡辺めぐみ
  
 
凍える緑がほしかった
初夏にぬかづくこともなくかじかんで
そんな緑がほしかった
漁られた者が街をゆく
激しく息を吐きながら
敗者のように雄々しいではないか
彼はある者の目にそのように映じ
ある者の目に夜具かほろとしてしか映らないのかもしれない
時ならぬときに目を開けておおというだけだろう
ちぢれた時を焼きながら
漁られた者に捧げるべき涙は流れない
ただこの夏は凍える緑がほしかった
満天の星なんかもいらないね
悲鳴も鳴咽も響かない沈黙の行だもの
神もマリアもいらないね
祈りの舌もいらないね
凍える緑がほしかった
ひとかたまりの険しく震える
そんな緑がほしかった
漁られた者をかの地に送りとどけるためなのか
一陣の風が吹く
風は逝く
かの地へ
きっとゆくだろう
かの地へ
けれどこの夏に浸しおかれたアスファルトの
高温の堅すぎる路面という路面に
緑はそよがない
緑はここには育たない
凍える緑がほしかった
否 否 否
そんな葉先がほしかった
  
 私の場合、一つの詩に接するとき、一度読んだだけで、ぱーっとその詩のすべてがわかったと思える
場合と一度読んだだけでは全体がよくわからない、それにもかかわらず、私の感覚や考えに強い刺激を
与える場合があります。
  後者の場合、何度か読んでいるうちに(時には何年もたってから、読み返してみたり)、それがはっきりとしてきて、詩全体が輝いてきます。この作品は後者のひとつです。
  <凍える緑がほしかつた>このことばだけが私の中に一直線に入って来ました。それ以外のことは
はじめはよくわかりませんでした。それと<漁られた者>ということばは何となく宙に浮いたような感じがして私の中には入ってきませんでした。
 しかし、何度か読んでいるうちに<凍える緑>が私の中で次第にはっきりしてきて、そうなると宙に浮いていた<漁られた者>が灰色のかげのように形を現わしてきました。そして更にかの地にゆくだろう一陣の風を感じられるようになってきました。
  多分、この詩はひとつのレクイエムであろうと思われます。<凍える緑>はレクイエムを唄う詩人の気質かも知れないし、あるいは願望かも知れない。
  その答えは<ただこの夏は凍える緑がほしかった  満天の星なんかもいらないね  悲鳴も鳴咽も響かない沈黙の行だもの  神もマリアもいらないね  祈りの舌もいらないね >と透過率という題名に秘められているように思えます。(だからといって、私には気質か願望かわかりませんけれど)。
  いずれにしても<凍える緑>に詩人は秘められた何かに賭けていて、それが私に伝わってきた、そう感じます。そして、私はこのことばの中に現代を生きるひとりの人間のことばを感じました。

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