思イ出シテクレロ 清水弘子
川に寄り添う緑の丘陵の川向かいに暮らしている ここから見ると丘
陵は 伏した大きな生きもののかたち そんな丘陵をゴンドウと名付け
川沿いの土手道を十年散歩して
犬が透明になってもいっしょに散歩して
まいにち川向こうのゴンドウを愛でる
ゴンドウはますますゴンドウになり
夕くらやみ
身体をふたまわり大きくして
かすかにうごく背中の気配の
こちらの頬まで触れてきて
何度もわたしに言ってくる
モットモット思イ出シテクレロ
何百何千年前ノ
此処ノコト オレノコト
トップリ其処ニ沈メルクライ
思イ出シテクレロ
わたしの受け継ぐ
わたし以前のものたちは
忘却の厚い真綿をなぞるだけ
わたしをせつなくさせるだけ
そういえば
お前のすがたはここから見ると
古い都の
古墳みたいだと言ってやると
あの犬みたいに
ない尻尾をぶんぶんふる
いない犬の伏したかたちになって
ソウソウ ソレカラ ソレカラ
こんなわたしに
在るけどない
ないけど在る
そんなものを紡げという
※
この詩のはじめの二行に出会ったとき私は背中がぞくぞくする程感動しました。「犬が透明になっても」とは犬が死んだことなのでしょうが、それがわかると、透明な犬が本当に一緒にいるようで、びっくりしました。この二行は私にとって、この詩全体を決定するようなものでした。
この二行によって、というか、「犬が透明になっても」という言葉を通して全く世界が新しく見えはじめたのです。それはまさに別世界の扉のようでさえありました。
それから、二連三連と続く古代ゴンドウとの交流や対話などもとても面白いのですが、それも、この
透明な犬と同じ世界なのだと思います。
その世界は何億年も超える時間の中で生きものがお互いに言葉を交わしたり、愛し合ったりすることです。「在るけとない ないけど在る」を紡ぐのは透明な犬なのだと思います。
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