狩野貞子「空」優しい言葉

空       狩野貞子

3.11
日本列島の空いっぱいに
たくさんの靴が 漂っている
泥にまみれたスニーカー 紅葉色のビンヒール
傷だらけのゴム長靴に 黒い革靴
真っ白いフェルトの靴は
掌二隠れてしまうほど小さくて
うねる高波に呑み込まれたとき
黒い濁った海から
空は全身で抱きかかえた
一緒に流した 汗の匂い 魚の匂い
膝を伸ばして 町を闊歩した
幸せなひととき
三年余りが過ぎたが
2,609足の靴がまだ見つからない
一足ずつ
すべての靴が
持ち主に届いたとき
青い空は
やっと高みをます

 この詩人には童話作家が持っている包容力とユーモアのセンスがあると思います。
それは初めの三行と終わりの二行に
3;11
日本列島の空いっぱいに
たくさんの靴が 漂っている
終わりの二行に

青い空は
やっと高みをます
まで全体をとおして私によく感じられます。
一つの言葉の選び方、つながり方、それは何とも優しくて、
たっぷりしていて、ユーモラスなのです。
この詩の内容は3.11の災禍であり、一人一人のいのちのことなのですが、それにもかかわらず、
私には「悲惨」であるとか「絶望」であるとかという言葉は少しも浮かんできません。
でも、私の心は、私の知らないところで悲しんでいるようです。
それはちょうど私が幼い頃、絵本をよんで初めて怖い世界を知ったときのようです。そんなとき私は
一人でしたが、誰かが優しく見つめていることも感じました。
私はこの詩に同じものを感じました。詩の神さまが舞いおりたのでしょう。
そして、思わず空を見あげました。私の心のなかの空を。

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