凍る季節 木村透子
血管を透かせた羽虫が這う
遅い午後の微光のなかを
二月の闇がむくむくと育っていく
からだが沈んでいく
足元からずりずりと
何かに引っぱられて あるいは
からだの重さで墜ちていく
けれど どこに
真っ暗な空間をただ下へ 下へ
手にも脚にも触るものはない
虚しく空を切りながら
冷たい闇を ああ―
目が馴れてくる
黒にも濃度があるらしい
緩い流れもある
流されている
いえ むしろからだが流れにのっている
わずかに右に傾くことで
ゆるりと渦を巻きながら
らせん状に墜ちていく
身をまかせれば案外楽にいられる
闇の底を覗けるのなら
それもいい
体液も凍るのだろうか
感覚も思考もざらざらとこぼれて
規則的な生命音だけがかすかにつづく
堕ちつづける
なおも
凍りきらない赤いひとすじが
わずかに意識をつなぐ
真っ赤なダリアがひらく
大輪の花の完璧な幾何学図形
花はゆるりと自転しはじめる
ものたちがらせんを描いて
吸われていく
花心の
ブラックホールに
※
この詩人は物理的な世界(原子の世界から宇宙まで)と心的世界(思いこみや誤解から人類愛まで)を交流させたいという願望があるようです。
それはたとえば初めの二行のなかによく感じられます。
血管を透かせた羽虫が這う
遅い午後の微光のなかを
二月の闇がむくむくと育っていく
これらの言葉が息づくためには物理的世界だけてもなく、また心的世界だけでもないという感じがします。
「二月の闇がむくむくと育っていく」ためには、どうしてもこの二つの世界が同時に必要であるとこの詩人はいっているようです。
それをうけいれて読んでいくと、次の連に書かれていく内容は、平凡なようですが、それにもかかわらず今まで全く体験したことがないような異質世界を感じまする
さらに四連めの「僅かに右に傾くことで ゆるりと渦を巻きながら らせん状に墜ちていく 身をまかせれば案外楽にいられる」と読んでいくと私自身がこの異質世界に迷いこんだ感じになつてくる。
しかし、この世界は<五連目>「体液も凍るだろうか 感覚も思考もざらざらとこぼれて 規則的な
生命音だけがかすかにつづく 恐れともすっかり親しくなってしまった」
でもねもしかしたら、これは3.11以降の私たちの世界とどこかつながつているのかも知れない。
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