潮は 岡田喜代子
朝ごとに ひたひたと
潮は河口から のぼってくるのだった
くちなしの花が しおれかけ
つややかな葉に少しばかり無残なかたちで
うなだれている
短い梅雨が明けようとする時に
また 水底のような渋谷の大学路を
泳ぐように行く途中
たった今 自分の暗い物語から覚めたばかりだ
という若者の目と出会った
初秋の朝にも
ただ潮が
その河をのぼつてくるのだった
誰ひとり 傷つけずに
※
私はこの詩のなかで最も感動し、心にぴったりと残っているのは最後の<誰ひとり 傷つけずに>です。私もこういってみたかった。でも、同じような言葉で詩を書くことはできなかった。
そういった思いがずっと長くあって、そしてこの詩に出会ったから、強くそう感じるのだろう。
ところで、この詩の枠がであり、モチーフともいえる「潮」はいつどこからやってきたのだろうか?<朝ごとに ひたひたと 潮は河口から のぼつてくるのだった>。恐らく潮はずっと昔から、もしかしたら太古の時代からのぼつてくるのかも知れない。しかし、その水は今でも<短い梅雨が明けようとする時に>、そして<たった今 自分の暗い物語から覚めたばかりだ という若者の目と出会った 初秋の朝にも>のぼってくる。
そして、これは私の想像ではあるが、未来にも、潮はのぼってくるのだろう。この潮は私たち人間の力を越えているかのようであるが。
けれども、それは<誰ひとり 傷つけずに>のぼってくる。これが作者の願いであり、欲望なのだと思う。
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