中村安希『インパラの朝』 図書館の貸し出し36人目

 図書館の貸し出し36人目でようやく借りてきました。噂に違えず、すばらしい本でした。648日もかけて、ユーラシア、アフリカを横切った記録です。お金がなく、すこし病気で窓から眺める風景はよわよわしい木が一本だけで、たまらない暑さだけでは新しい詩を書こうにもなかなか書けないだろうと思っていたら、頭の後ろをがーんとなぐられたような衝撃でした。たった一日で読みあげました。特にアフリカがよかった。
 「一面に広がる草原に、わらの家が建っていて、小さな村の子供たちがレールの周りに集まってきた。礼儀正しい子供たちはレールに沿ってきれいに並び、順番に自分の名前を言って私と握手してくれた。エチオピアの子供たちは、列車の中の幼児から村で出会った子供まで、世界で見てきた子供たちとは決定的に何かが違って、あまりにも情緒が安定していた。熱気に蒸せる鉄の車内で十数時間揺られても、泣き出す子供はいなかった。喧嘩をしたり、悪さをしたり、騒ぎだす子もいなかった。好奇心や感情は内面のみに存在し、自制の利いた態度の枠をはみ出したりしないのだ。子供たちは平均的に声を上げて笑わなかった、ただそよ風のようなやさしい笑みと澄み切った瞳で私を見ていた。太陽は除々に高度を下げて、地平線に着地すると、そのままみるみるしずんでいった。村には電気や水道はなく日没と共に闇がきた。ランプやロウソクゃ焚火といった灯りのもととなるものがそこには一つもなかったからだ。列車の床や線路の脇に乗客たちは横たわり、長くて暗い夜に備えた。私はビニール敷物とシュラフを引っ張り出してきて、草の大地にそれを並べた。船上、港、ジブチのプラットホームーー夜のアルハマを
出港してからの野宿はその日で四日目だったが、その日の夜空は雲に覆われ、月明かり
さえも届かなかった。私の周りの闇の中には、少年たちの白い歯と輝く両目が見えていて、彼らがそこにいることをおぼろげながら確認できた。その反対に、少年たちには私の姿がはっきりと見えているらしかった。彼らの名前を一つずつ私は順に呼んでみた。
少年たちは「イエス」と返し、私の指をそっと握った。暗闇の中のすべての物が少年たちには見えているのだ。私のカバンが倒れると、誰かがすぐ元に戻した。メガネの置き場を忘れると、誰かが私に手渡した。少年たちは、私の頬ゃ髪の毛にそっと触れ、「ビューティフル」と呟いた。私は右手をゆっくり伸ばし、少年の顔に手を触れた。柔らかく滑らかな肌だった。私は彼にこう言った。
『君はもっと美しいね。』と。
 何もないということがある種の芸術性を持ち、ゆとりに満ちた子供の動作が心の琴線に静かに触れた。」

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