「朝の少年」伊藤悠子

朝の少年   伊藤悠子 (世界を新しくするための詩1)
「暑いなあ」と大きな声で言いながら、少年が後ろから近づいてきた
「暑いねえ」と私
「寒いなあ」と追い越してから言った
「木陰にはいるとね」
「誰もいないなあ」
坂の横のバスの発着所を見おろして言っている
十四歳ぐらいだろうか
「バスだけね、運転手さんは休んでいるのね」
私はその少年に言うと同時に
私が手を引いている小さな子にも言うように言った
少年は階段を降り左の方に曲がるとき
こちらを向き大きく手を振った
私も片手を高く上げて返した
交差点を少年がひとり渡っていく
眞白い半袖シャツを着て
小説が始まる朝のようだ
渡り終えると
交差点の方に歩いていく私たちのために
歩行者用ボタンを押してくれた
こちらを見ながらひとつうなづいた
押しておくよ
ありがとう
少年は左の方へ
私たちは右の方へ
一本道を遠ざかっていったが
幾度も振り返り合図のように手を振った
そして少年は道を曲がったのだろう
誰もいないなあ

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