流氷 飯島正治
シベリアの捕虜収容所に送られて
六十年も消息がわからなかった父親が
突然パソコンの画面に
カタカナだけになって現れた
帰還した一人がこつこつ調べた死者名簿の四万六千人の一人だった
名簿には
アムール川の名を冠した下流の町に
埋葬されていると記されている
死亡日は重労働を続けて三年後の冬の日
同じ収容所の多くの仲間達も春を待てなかった
二月に北海道紋別に行った
海沿いの山からオホーツク海を望んだ
流氷が白い帯となって沖を埋めている
間宮海峡に注ぐアムールの水が海水を薄めて
蓮の葉の形をした流氷になったという
北風が吹いている
やがておびただしい数の氷の葉が
折り重なって海岸を埋め尽くすだろう
凍ったアムール川の底の
わずかな水も海峡をめざして這っている
わずかな行数の詩という形式は、どうしてこんなに途方もない事実を描くことができるか信じられない
ほどである。この詩を書き上げた詩人はいまどんな気持ちでいるのだろう。
カタカナだけになってあらわれた父親をどんな気持ちで迎えたのだろう。
夏でも凍りつくような詩である。そして最後に、アムール川の凍った川の底のわずかな水でさえ
故郷に帰ろうと海峡めざして這っていると感じているのだ。六十年も立っているのに。
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