こんどの新川さんの詩集『記憶する水』のなかで、わたしがいちばん好きだったのはこの詩です。ひとはちがう詩というかも知れないが、わたしはこの詩をすばらしいと思った。みんなすばらしいけれど。
欠落 新川和江
わたしは
蓋のない容れものです
空地に棄てられた
半端ものの丼か 深皿のような…
それでも ひと晩じゅう雨が降りつづいて
やんだ翌朝には
まっさらな青空を
溜まった水と共に所有することができます
蝶の死骸や 鳥の羽根や
無効になった契約書のたぐいが
投げこまれることも ありますが
風がつよくふく日もあって
きれいに始末してくれます
誰もしみじみ覗いてはくれませんが
月の光が美しく差し込む夜は
空っぽの底で
うれしくうれしく 照り返すこともできる
棄てられている瀬戸もののことですか?
いいえ わたしのことです
アンデルセンのブリキの兵隊のようでもあります。泥んこになってたり、欠けてしまったり、いろいろ冒険してもこころを失わないモノとして。なんというか、この作品は最初は瀬戸もののことを
かこうとして、それが、きらっとひかる場所を探し、あまりにこころをひかれるので、「わたし」にしちゃったのかも知れません。「はじめに言葉ありき。」ではなく「はじめにモノありき。」ですと新川さんはおもっていらっしゃるのかもしれません。
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