一本のすずかけの木 石川逸子
一本のすずかけの木
排気ガスのなかで じっと葉をひろげ
きっと 涼やかな草原に
鳥たちの飛び交う深山に
生まれたかつたろうね
でも いま
あなたの伸ばす大きな影に
夏の真盛り バスを待つ私たちは
救われ
あなたになに一つ与えられるものはないのに
こんな喧噪にあなたを植えたのは私たち人間なのに
ただ 黙って
大きな影をさしだしてくれている
その影にいると
少うし 樹に似てくるような気がする
この作品には、どこにも息をころしたようなことばの跳躍や難解な比喩は全くありません。そういう意味でやさしいことば、やさしいことば使いで書かれている詩です。そして、それと同時にもうひとつ、やさしい感じがするのは、一本のすずかけの木に対するこの詩人の気持ちがそのままことばとなつていることからくるやさしさでもあります。この二つのやさしさは結局、おなじ一つの所から発しているのだと思います。
だからこそ、この詩が現代の喧噪の中では何かかけがえのない光景に思えるのです。
戦争や原爆や公害が地球を覆い、街を覆い、家族を覆い、ちいさな子どもたちの心の中にはいりこんできている。そういう時代に生きて書かなければならないからこそ、私はこういう詩に出会うととてもほっとします。
誰にでもわかるやさしい言葉使いと木にたいするやさしい心によって。
それぞれの連と連の間には、何とも言えない静かな吐息のような風が感じられます。そして、私は
最後に<少うし 樹に似てくるような気がする> と読んだとき、ふわっと体と心が軽くなりました。この詩には、やさしいことば、やさしい感じ方の持っている力がよく感じられます。
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