昨日、堀辰雄展を見に、鎌倉文学館を訪ねた。没後60年を迎えたとのこと。
彼は昭和13年に鎌倉で結核療養し、翌年から一年ほど、鎌倉の小町で新婚生活を送り、完成まで7年かけた「菜穂子」の構想も鎌倉の地で立てたという。
私もこのところ少し遠ざかっていたが、若いころは堀辰雄が好きでよく読んでいた。
肌に信州の風を感じるような、日本的湿潤さのない、澄んだ文体のもたらす雰囲気に惹かれていた。死の影が感じられるような、薄明の暗さを持つ「風立ちぬ」「菜穂子」なども好きだったが、むしろ大和路の散策から生まれた「浄瑠璃寺の春」、それから最後の作品「雪の上の足跡」が永く心に残っている。
特に馬酔木の花に出会うシーンは一読後、強く心に刻まれてしまい、何十年経った今も、”馬酔木”の花を見たり、思い出したりすると、堀辰雄のこの文章を思い出すのは不思議だ。
春、”浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、ちょうど今を盛りと咲いていた一本の馬酔木”…。
馬酔木には、”あしび、と振り仮名がついていて、それまで私は”あせび”と呼んでいたので、いっそう印象に残ったのかもしれない。
つづけて彼は、その門の奥に”この世ならぬ美しい色をした鳥の翼のようなもの”が目に入り、足を止めると、それが浄瑠璃寺の塔の錆びついた九輪だった、と書いている。
かつて一人で訪れた九体寺への旅を思い出しながら、今度は馬酔木の咲くころにここを訪れてみたいと、思った。
展覧会には神西清との文通はがきや、芥川龍之介や小林秀雄の原稿など、丁寧に展示されていて、あまり客のいない会場を出てから、「大和路・信濃路」「菜穂子」を売店で買って、庭の薔薇園を見に行った。夏の名残の薔薇という感じが、展覧会の雰囲気とも合っていた。
紺碧の海を望み、庭園には椎の実(ブナの実?)が一面に散らばっていて、その2粒をお土産にポケットに入れて帰ってきた。
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