久し振りに自分のブログを開けて見たら、夏の間すっかりご無沙汰していることに気が付いた。
やっとお彼岸過ぎて少し涼しくなりかけていますが、今度は台風襲来。このところ家の中の本の
山にお手上げになり、仕方なく毎日段ボールの箱に詰めては、廊下に積み上げている。
しばらく整理に忙殺されそうだ。
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今日は坂多瑩子さんの詩集『ジャム煮えよ』(港の人発行)から好きな詩を一篇載せたいと思う。
こんなのりで、私も日常の手仕事をこなせたら、一刻一刻の時の質が変わってくれそうな気がするし、そうしたら”あたしがあたしでなくなる…”ときが垣間見えてくるかもしれない。
まずおもしろくて、リズムがよくて、幻想的次元に感覚の広がっていく詩集だ。
作品はほとんどどこにもあるような日常的な暮らしの場面で展開する。でも油断はならない。
足元が霧で、いつの間にか迷子になってしまうのだから。
ジャム 坂多瑩子
ジャムをつくろうと
りんごの皮をむいて
大きなボールに
うすい塩水をつくったが
間の抜けた
海の味がして あたりは
ぼおっと霧がふかいから
四つ割にして まだちょっと大きいから
三等分にして 皮をくるくる
もひとつ もひとつと
笊いっぱい
くるくるまるまって
皮のないりんごって
案外ぼやっとしてるから
赤い耳たてた兎が
弁当箱のすみっこにいるのは
とても正しいことのように思えて
それでも早くジャムにしなくては
半日ほど陰干し
砂糖をまぜて三時間
夜になってしまった
りんごがりんごでなくなるとき
あたしがあたしでなくなるとき
ジャム煮えよ