夕顔が咲きはじめた。まだ一輪、二輪ずつだけど。夕顔も(西)の領域に属する花だなあと思う。なぜか西には気持ちが向かう。詩集『ユニコーンの夜に』で、西のうわさ、という作品を二篇書いていて、これは西に棲む女家主を書いたものだった。この「西のうわさ」シリーズにはまだ続きがある。ここに載せるのは2005年に『幇』8号に発表したもの。
蚊おとこのはなし
水野るり子
夏おそく
蚊おとこたちが
西の方から訪ねてくる
ひとり ふたりと
わらじを脱いで上がりこみ
縞の烏帽子も脱ぎ捨てて
ねむたいわたしの耳のそばで
わやわやと
女家主のうわさをはじめる
(ああ 耳がかゆい)
蚊おとこたち…
西の夕やみにすむ
女家主の一族郎党か
(彼らは本来饒舌なのだ)
その豆粒ほどの脳髄を
芯までトウガラシ色に染め
ほんのひと夏の
はかない身の丈で
せいいっぱい勝負するかれら
ちっちゃな血のしずくから
生まれてきた連中だ
「女家主はカワウソだ
川で星の数ほど魚を食う」
「いや女家主は巨人なのだ
異形のものを生み拡げる」
「いや女家主は羊歯の一味だ
やくたいもない菌糸をのばす」
(だがいつだれがそういった?)
(だがいつどこでそれを見た?)
蚊おとこたちは口々に
女あるじのうわさをするが
その正体をまるごと見たものはいない
焦げくさい西の空から
巨大なヒキガエルにも似た女家主の
おおいびきがとどろいてくると
蚊おとこたちの宴は 雲散霧消…
雷雨が夢のなかまでびしょぬれにして
東の方へ駆け抜けていく
ねむたいわたしの耳に
蚊おとこたちの薄いわらじの跡だけつけて
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