岩木誠一郎さんから新しい詩集が届いた。岩木さんの詩のなかに流れている時間の質が好きで、またそこへ戻っては、自分の日常を味わいなおすように何回も読み返してしまう。そしてそのたびにかけがえのない時間の一回性に気がつく。
夜のバス
岩木誠一郎
深夜の台所で水を飲みながら
通り過ぎてしまった土地の名ばかり
つぎつぎ思い出してしまうのは
喉の奥に流れこむ冷たさで
消えてゆく夢の微熱まで
もう一度帰ろうとしているからなのか
こわれやすいものたちを
胸のあたりにかかえて
卵のように眠る準備は
すでにはじまっているのだが
冷蔵庫を開けたとき
やわらかな光に包まれたことも
水道管をつたって
だれかの話し声が聞こえたことも
語られることのない記憶として
刻まれる場所に
ひっそりと一台のバスが停まり
乗るひとも降りるひともないまま
窓という窓を濡らしている
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