寝床のふね
村野美優
このあいだまで
赤土色のふとん袋を
ねぐらにしていたうさぎたちが
いつのまにかここに移動してきて
しずかな夜の海を
一緒に渡るようになった
ひたひた
へやの扉をあけると
畳まれたふとんの上で
しずかに船出を待っている
もやい綱を解くように
ふとんをひろげて横になる
わたしの背骨は竜骨になる
甲板にはうさぎが二匹
へさきには時の船頭が乗る
ひたひた
へやの扉を越えて
いきものたちの寝息のなかを
今日も寝床のふねが行く
あたらしい草たちが
聞き耳を立て
伸びていく
村野さんがうさぎ二匹と暮らしていることは、聞いていたので、彼女の日々の暮らしの一場面が
目に浮かんでくる。もっともうさぎと暮らしていたからって、こんな広々とした?たのしい詩が生まれる
わけじゃないですよね。この詩集全体から、村野さんの原感覚とも言うべき、この世界への感受の仕
方が伝わってきます。身辺のどんな存在とも(植物や動物たち、そして空間や時間とも)溶け合い、
一緒になれる共生感覚が、自然に溢れ出していて、詩人てこういう人のことをいうのでは…と、頁を
ひらくたび思ってしまう、そんな詩集でした。まさに草地の時間を感じました。もう一つ載せます。
藍色のうさぎ
白いうさぎと
茶色いうさぎが
やってきた晩
わたしはうさぎの夢を見た
夢のなかにはうさぎが三匹いた
白いうさぎと
茶色いうさぎと
藍色のうさぎ
藍色のうさぎは
わたしの胸の穴の深みに
長いこと棲んでいたので
すっかりかたちをなくしていたが
白いうさぎのあたまを撫でると
藍色のうさぎもよろこんで目を細めた
茶色いうさぎが葉っぱを食べると
藍色のうさぎの腹も満たされた
二匹のうさぎが寄り添って眠ると
藍色のうさぎもうっとりとなった
藍色のうさぎは
ときどき胸の穴から抜けだし
どこかへ行こうとした
だが自分がどこへ行きたいのか
わからないようだった
ただ夢のなかで藍色に広がり
ぼんやりと漂うだけだった
この詩は私の一番好きな作品でした。このような具体的なやさしい表現で、人が生きていることの
あてどなさや、存在感、そして愛の感情やその意味を表現されたことに打たれます。
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