鷲田清一「まなざしの記憶」(だれかの傍らで)という著書には、胸を打つ言葉がたくさんある。
私は、日ごろ《きく》という行為を大切にしたいと思っているのだが、個々人のもつ感覚の差やその不思議について、またひとの話を聴くという行為について、印象的な部分を引用したい。
(聴くといえば、だれもがおそらく、耳で、と答えるだろう。聴覚は鼓膜に伝わる空気の振動を聴覚神経が大脳に伝えて……と、むかし学校で習った記憶がある。しかし、聴くという行為が、耳でする、ただ単に音響情報を受け取るという受動的な行為だとはとても信じられない。
たとえば、数名が同じ部屋にいてもおなじ音を聴いているとはかぎらない。…BGMを聴いている人もいれば、…ワープロのキーを打つ音に神経を集中している人や、…鳥の鳴き声に耳を澄ましている人もいる。後者の人たちにはBGMの音はほとんどきこえていない。…聴くというのは、こちら側からの選択行為でもあるのだ。
ひとの話を聴くというのも、…じつは選択的な行為なのである。相手が親しい人なら、きちんとその言葉を受け止めていないと「ちゃんと聴いているの?」「聴く気はあるの?」と問い詰めてくる。)
(聴かれる方からすれば、相手が自分に関心があるかどうかは、その聴き方ですぐ分る。こちらの聴き方しだいで、愛されていると感じたり、じぶんのことなんかこのひとにとってはどうでもいいのだと感じたりする。正確に、そして繊細に。だからこそ会話においてはしばしば、語るほうが先に傷つくのである。聴くということが選択的行為である限り、…相手が伝えたいことをそっくりそのまま受け取るというのは、なかなか難しいものだ。そしてそこに自分が出る。何を聴くかというところに。)
(聴くというのは、相手の言葉をきちんと受けとめることである。理解できるかできないかは,ふつう思われているほど重要ではない。話すほうが「わかってもらえた」「言葉を受けとめてもらえた」と感じることが重要である。なぜなら、自分について話すことは、自分を無防備にすることだからだ。逆に言えば、何でも話せるということは、相手に自分が、いまのままで十分に、そして(もしあなたがこうしてくれるなら、といった)条件付でなくそのまま受け容れられていると感じることだからである。「わかってもらえる」というのは、苦しみを「分かち合ってもらえる」ということでもあるのだ。ちなみに西洋の言葉で、シンパシーというのは「苦しみを分かちもつ」という意味だ。) ーつづくー
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