映画「薬指の標本」(原作小川洋子・監督ディアーヌ・ベルトラン)を見た。映画館へ行くのは暑さしのぎみたいなところもあるけれど、これは作品としても結構おもしろかった。
冷ややかな触覚的視線が画面をなめるように進んでいくふしぎな官能性があって…。そして映画の舞台の背景は港町であり、その雑駁な落ち着きのない日常の喧騒が、女主人公の暗い淵をたたえたような孤独を浮き上がらせるすばらしい効果をもっている。私はそのことにおどろく。
ここは横浜。私はいつもの風景のなかにいる気になる。そこはいわゆる歌謡曲のなかのロマンチックな港ではない。働く港湾労働者たちのいる日常のリアルな港町なのだ。そこは日本ではない、フランスのどこかの港だが。また彼女の泊まっているくたびれたホテル(知らない男と昼夜で分けて、一室をシェアしている…。顔をあわせることはない)の建物も、なぜか赤レンガ倉庫のイメージなのだ。
映画とはストーリーでなく、映像なのだと証しする作品だった。そしてまさにフランス映画だと感じる。小川洋子作品の雰囲気が、フランスの女性によってどのように生かされているのかと、文庫本の「薬指の標本」を買ってきて、夜中に読んだ。映画と小説はまったく別物であることははっきりしているが、映画としても、作品の雰囲気をこわさない、出来のいいものだと思った。(もちろん好みはあるけれど)。
ベルトラン監督はあの小説をネタに映画化する楽しみを存分に味わったにちがいないと思った。このようにして、ある作品に触発されて、自分なりの別世界を生み出すことは、多かれ少なかれ私たちにも経験があること…。作品をつくるということは一種の演奏行為でもあるのだから。
ところで付け足し。この映画の主人公は「靴」だと思う。原作と映画ではその靴の色が違う。そして残念なことに、映画の色の方が、印象に強く刻まれてしまうこと。(なにしろすてきな靴なのです)。映像の色は強い。原作を最初に読むべきだったかも。
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