今度H氏賞を受けることになった相沢正一郎さんの作品紹介を、韓国の詩誌「詩評」に書くことになって、相沢さんの詩集4冊をずっと読み直していた。この4冊の詩集には一貫して、日常の暮らしの細部に注がれるこの詩人の繊細なまなざしが感じられ、それを媒介としての「記憶」と「時間」への深い問いがあり、さまざまな古今東西の読書体験がユニークな形で、詩の中に生かされていて、本好きの私にとってはまたその意味でも興味深い作品が多かった。それらの詩は概して長めの散文詩が多いので(以前も一篇ここに引用させていただいたが)、今日は行分けの詩で、彼のやわらかな感性を素直に感じさせてくれる作品を第一詩集から挙げてみたい。私の好きな作品です。
☆ ☆ ☆
わたしはおぼえている
かつてわたしがいたところ
いつかみたあおぞら
あめにぬれたき
のきのしたのくものす
こげたパンのにおい
ゆうがたのみずのにおい
あしのしたのすなのもこもこ
おふろばのタイルのツルツル
どしゃぶりのあとのとりはだ
くさきのこきゅう
きしゃのきてき
わたしはおぼえている
いまあなたがいるところ
ひをたいたり
おちちをすったり
かげふみをしたり
ひややっこをたべたり
たまねぎをきってなみだをながしたり
おなべをひっくりかえしてひめいをあげたりしたところ
おかのうえのかねはまだなりますか
ろっこつのうきでたしろいいぬがかなしみのようにただよっていた
あのかわはまだながれていますか
うらにわのきにことしもまたイチジクがみのったでしょうか
かっしゃがあかさびている あのいどのみずはまだかれていませんか
詩集 『リチャード・ブローティガンの台所』(4)より
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