葉月のうた 佐藤真里子

                   葉月のうた
                                               佐藤真里子
    夏の野の茂みに咲ける姫百合の
    知らえぬ恋は苦しきものを
      万葉集(巻8・1500)大伴坂上娘女
   
    異界との境界が消える
    逢魔が時
    木陰に
    椅子とテーブルを出す
    微かな風が
    葉先をゆらす
    硝子の杯によく冷えた酒を満たし
    レタス、パプリカ、ラデッシュには
    オリーブ油と岩塩とバルサミコ酢を
    強く想えば願いは叶うもの
    飲んで
    もっと
    飲んでと
    
    
    影のわたしにもすすめ
    傾き濃さを増す陽の光が
    夏草をすり抜けて届く風が
    わたしをもゆらし
    「独りの酒はつまらないだろう」と
    とても遠くから耳元でつぶやく声
    草の海をかきわけてやって来る
    その声のひとと
    陽が沈む
    向こうへと
    泳いでゆこう
  ”””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””
この詩は佐藤真里子さんが、《今と昔のうた暦》という企画で、青森の新聞に連載しておられる
シリーズの1篇です。 昔の有名な和歌を枕にして、そこから現代の詩を立ち上げるという試み
を、今の紙上で読むと、何かまた未知の風が立ち初めたようで、興味深いものを感じました。
うたと詩の背景の空間が互いにこだましあって、異次元の詩的ざわめきを深めるようです。
食事や料理のシーンをとりあつかうとき、佐藤さんの腕がとりわけ冴え、その味付けが他の
追随を許さないことが多いのですが、この詩でも、逢魔が時の木陰の会食に、知らず知らず
まぎれこみ、酔いしれそうな自分を感じました。たのしくて、やがてかなしい、行方の知れぬ
飲み会のアラカルト。この企画の続きが待たれます。  
    
 

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