映画「木漏れ日の家で」を見た。ポーランド映画。監督・脚本はドロタ・ケンジェジャフスカ。
以前岩波ホールで上演されたときに行きそびれたのを、近くのシネマ・ジャック・ベティでやっていたので見に行く。めずらしくモノクロ映画である。
ポーランド、ワルシャワ郊外の森のなかに、木漏れ日に一面のガラス窓が輝く古い木造の屋敷がある。91歳のアニェラは、ここで愛犬のフィラデルフィア(フィラ)と長く暮らしていた。淡々と老女と一匹の犬の暮らしが見つめられていて、ほとんどこれという事件も起こらない。その分見るものは彼女の内面に同化して、彼女とともに双眼鏡で森深い庭の出来事や、隣家の情景を眺め、そのすてきな共演者である犬のフィラの表情に一喜一憂する気分になる。犬のフィラはその演技で受賞したとのことだ。この共演ぶりが興味津々だ。
老いていく孤独な一人暮らしの中で、息子への期待を裏切られ、孫の言動に失望し、しかしその森の家での日々の暮らしを深く味わっているアニェラの表情はとても魅力的だ。それは彼女が生きてきた自分の時間へのゆるぎない信頼からくるものかもしれない。彼女は最後まで自らを閉ざすことなく、毅然と信念に従って生き、若い音楽仲間たちに自らと屋敷とを解放し、思い残すことなく世を去るのだが、そこには老いの閉ざされた暗さはなく、孤独をこえたふしぎな明るさがある。
ラストシーンでカメラがはじめてこの屋敷の上空へと、はるばる上昇し、大きな広い空の下の森に囲まれたこの古い屋敷を俯瞰図のなかにとらえるシーンは感動的だった。野の果てまで続く、あの白い花房をつけた樹木はなんだろうと思いながら、ポーランドの自然の豊さを想った。
アニェラを演じたダヌタ・シャフラルスカのすてきな微笑に引き付けられたが、この名女優は95歳になる今も舞台で現役をつづけているという。またこの女性監督ドロタ・ケンジェジャフスカの作品をぜひ見たいと思った。
作家の金原瑞人が書いている。「ろくに起伏がなく、じつに退屈で,じつに眠気を誘う映画…のはずなのに、じつに生き生きとしていて、じつに心に食い込んでくる映画だった。
なにより忘れられないのはファーストシーンだったかで、アニェラが屋敷の二階から外を眺めている姿を外から撮っている場面だ。四角く区切られている大きな窓のガラスを、カメラがしっかり撮っている.格子のひとつひとつにはめられている、気泡の混じったガラス、表面にでこぼこのあるガラス、皺のあるように見えるガラス……四角いガラス一枚一枚が個性と存在感を持って、迫ってくる。そう、この古々しい屋敷の窓ガラスはずいぶん昔につくられたものなのだ。おそらく半世紀以上、もしかしたら一世紀以上前のものかもしれない。……監督、撮影の力量というのはこういうところで推し量れるのだと思う。」
この映画はシネマジャック・ベティで8月5日までやっているそうです。
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