神奈川県民ホールで開催中の《「沈黙から」塩田千春展とアートコンプレックス2007》を見に行った。
シンポジウム「他者の発見〜アートはコミュニケーションをいかに回復するか」では、針生一郎、北川フラム、一柳慧、塩田千春の4人のパネリストが発言。
戦後日本の表現は「内閉的アイデンティティー」探しの迷路に陥っているのでは…の問いに始まり、日本における言葉によるコミュニケーションの欠如〈社会においても、個人においても、家族関係でも)、その内閉性を破るべく、状況への行動のなかに新たな自己を発見してゆく過程についてなど、話者それぞれの発言があった。
北川フラム氏は越後妻有での「大地の芸術祭」を実行した経験や、地元の人たちとアーティストたちとのその折の交流過程を通して、「publicなもの」の発見について語り、説得力のあるスピーチであった。席上、塩田千春さんに今回の妻有での参加を依頼し、塩田さんが快諾する成り行きもありほほえましかった。
内閉性に関しては、詩の分野でも同じことが言え、いま朗読会などが盛んになってきているのも、他者との関係における言語を捉えなおそうとする意識が強くなっているからだろう。個人の作業としての表現(自己のアイデンティティー確立としての営為)を、今一度作品の流通の場や、それらが書かれ読まれる場との関わりで広く捉えなおすときがきているのだと思う。
シンポジウムが終わってから、塩田千春展を巡ってみた。塩田さんはベルリンを拠点に、インスタレーションや映像作品を発表している美術家。首都圏では初めての本格的な個展という。
黒い糸が一面に張り巡らされ、その中には焼け焦げた一台のピアノ、70脚の椅子、また蜘蛛の巣のように張り巡らされた黒い糸のなかにおかれたベッドにねむる女、〈彼女はどんな夢をみる?)。旧東ベルリンの廃屋から集めてきたという無数の窓のインスタレーション。どれも胸苦しくなるような現代の不安と孤独を感じさせる。だが私は無数の窓のインスタレーションの迷路に、人間のもつ無限の想像力や好奇心への呼びかけを感じて、すずやかに心引かれた。
彼女は作品制作のテーマに「不在の中の存在」を挙げているという。彼女は「誰もいなくても、飲みかけのコーヒーがあれば、そこに人がいたことが分る。不在であるからこそ、存在感が増したりする。」といっている。シンポジウムでも、自分のアイデンティティーは不在の中にあると語った。私はその言葉に共感した。
私も消えていったもの、存在が消えていったあとの空間にこそ、実在を感じるのだ〈想像力によってより強くその存在が我がものとして確認できる)からだ。旧東ベルリン地区を歩き「まだ足りない、まだ足りないと、とりつかれたように探した」という窓は千枚を超す…という。私たちはかつて他者の見た千の窓を通して、いつかそこに在った千の風景をもう一度視る目を持てるだろうか。
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