鈴木ユリイカさん発行の「Something 5」が届いた。毎号そうだけれど、さまざまな女性詩人たちの作品と刺激的な出会いをすることができた。この詩誌には常に時代の呼吸を生々しく感じる。今日はその中から田中郁子さんの作品を引用させていただく。
雪の時間 田中郁子
深雪に埋めつくされた刈田は見知らぬ国の原
降り積んだ雪に記憶の風が
吹き寄せ吹きだまりができる
斜面ができる
さらに雪が降りさらに風が吹き
やがて象の耳がかたどられていった
いま おさない象が群れからはぐれたのだ
はぐれた象のために
吹雪はひそかに胴体の輪郭を描いていった
さらに雪は降りさらに風は吹き
胴体のつづきに長い鼻の輪郭を描いていった
ああ やっと
低い声で助けの信号を送りはじめたのだ
しかし 風は吹き荒れ雪を舞い上げ
やっと伸ばした鼻を消し去り
胴体を消し去り
耳のかたちひとつだけを残した
谷間の川面から吹き上げる風が
ほうほうと身をよじり
象とたわむれているのだ
だが 聞く耳ひとつあればいい
わたしは ふと自分の耳に触ってみる
わたしの一番深いところでねむっている無数の耳
聞くことを忘れた耳
はぐれたわたしの耳のために
吹雪はやがてわたしの耳をかたどり始める
そのように雪は降りつづき
そのように風は吹きつづけ
※
田中郁子さんの詩には青く発光するエネルギーがある。孤独な星からくるような、その力ある生のイメージは、天と地の間を黙々と、鳥のように、虫のように、日々生きていくものとしての生命自体のメッセージのようである。暮らしのなかの自然の風景から立ち上がる自在な想像力の奥行きに、私はいつも引き込まれる。その力のある語りのリズムには賢治の声を思うことがある。
またこの作品を読んで、私はふとアリステア・マクラウドの傑作「冬の犬」を思い出した。冬、雪、冷気、孤独、そういう自然の激しい力は、反作用として、人間の内部の営みにダイナミックな想像力を吹き込むのかもしれない。
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