昨年二月に急逝された水橋晋さんのお宅を、昨日初めて訪れ、晶子夫人のお話をゆっくり伺った。あかるい冬の陽射しに満たされたリヴィングルームには、生前の彼の画や詩が何枚も架けられ、写真が立てられ、まだそこに水橋さんの居られるような気配だった。その折にお願いして、夫人からいただいた彼の第一詩集『悪い旅』ー昭和55年沖積舎刊ー〈その前に17歳のとき出された自家版の詩集もあるが、それは別にして)から、特に印象に強い詩を一篇挙げさせていただきたいと思う。澄んだ水面を通して、ふつふつと湧き上がってくるようなエロチシズム〈生命への感応力)に触れ、後年の彼の作品にも流れ込むレトリックの源流をきく気がする。
※
奔流
私がくぐり抜けてゆくところは
花のおくにひろげられた夜のなからしい
茂みのしたをはいってゆくだけで
息づくけものたちの気配がしている
ひかりのとどかない内側で
こんなに暖かく泡だっているなんて
風はいつもやさしく花片を撫ぜていたにちがいない
用心ぶかく星をさえひからせないでいたにちがいない
それだから私は降りる
ひと足降りてまた降りてそしていっきにかけ降りる
樹液をいっぱいみたして
いっぽうの端からもういっぽうの暗い芯にむけて
睡りからさらに遠くおしやるために ゆすぶるために
そのとき百万のけものたちと小鳥たちがめざめる
夜は大揺れに揺れうごく
空にむかって花片をおしあげ
樹液のなかで渦をまく
それで 太陽が 花のなかで 一千も
破裂したかと思ったのに 鳥一羽 おっこちなかった
ひかりが大地のうえをめぐりはじめるころ
風はまもなくやむだろう
海のように深みを甦らせ
静けさを澱のようにしずめて
全部が全部傷つくのかもしれない
黒い奔流がそして体のなかに脈打つ
私ははだしではいってゆき
ふたたびはだしで帰ってくる
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