哀調の譯者に獻ず
一、この小册子に蒐めたる詩稿は曾て「太陽」「明星」其他二三の雜誌に載せて公にしたるものなり、ここに或は數句或は數節改刪して出せり。
一、諸篇中「小鳥」「星眸」等の如きは最も舊く、其他多くは一昨年の秋このかたの作なり。ただ「靈鳥の歌」のみ未だ公にせざりしものこれを最近の作となす。
一、詩形に就ては多少の考慮を費せり、されどこれを以て故らに異を樹てむとするにはあらず。
一、表紙及挿畫は友人山下幽香氏の手を煩したり。
一、諸篇中「小鳥」「星眸」等の如きは最も舊く、其他多くは一昨年の秋このかたの作なり。ただ「靈鳥の歌」のみ未だ公にせざりしものこれを最近の作となす。
一、詩形に就ては多少の考慮を費せり、されどこれを以て故らに異を樹てむとするにはあらず。
一、表紙及挿畫は友人山下幽香氏の手を煩したり。
明治卅六年四月
著者しるす
獨絃哀歌
(十五首)附載三首
一
道なき低き林のながきかげに
君さまよひの歌こそなほ響かめ、――
歌ふは胸の火高く燃ゆるがため、
迷ふは世の途倦みて行くによるか。
星影夜天の宿にかがやけども
時劫の激浪刻む柱見えず、
ましてや靡へ起き伏す靈の野のべ
沁み入るさびしさいかで人傳へむ。
君今いのちのかよひ路馳せゆくとき
夕影たちまち動き涙涸れて、
短かき生の泉は盡き去るとも、
はたして何をか誇り知りきとなす。
聖なるめぐみにたよるそれならずば
胸の火歌聲ともにあだならまし。
二
こころの糧をわがとる菜園こそ
榮なき思ひ日毎に耕すなれ。
ある時ひくき緑はここに燃えて
身はまた夢見ごこちにわづらふとも
時には恐怖に沈むかなしき界の
地獄の大風強く吹きすさみて、
ここにぞ生ふる命の葉は皆枯れ、
歡樂冀願もあだに消え去るとも、
ああただかの花草や、(羽なくして
ささやく鳩にも似るか、)そのにほひに
涸れにし泉ふたたび流れ灌ぎ、
ああまた荒れにし土の豐かなる時、
盡きせぬ愛の花草讃めたたへて
聖菜園のつとめに獨りゆかむ。
三
黄金の朝明こそはおもしろけれ、
狹霧に匂ひてさらばさきぬべきか。
嘆かじ、ひとり立てどもわが爲めいま
おもふに光ぞ照らす、さにあらずや。
嘆かじ、秋にのこりて立ちたれども、
小徑を、(さなり薔薇のこの通ひ路、)
世にまた戀にゆめみるものの二人、――
嗚呼今靜かにさらばさきぬべきか。
少女は清き涙に手さへ顫へ、
をのこは遠きわかれを惜みなげく、
あまりに痛きささやき霜に似たり。
かたみのこれよ花かと摘まれむとき
音なく色に映るもわりなきかな、
二人を知らで過ぎ行く、――將た嘆かじ。
四
別離といふに微笑む君がゑまひ、
わかるるせめての際にそは何ゆゑ。
にほへる面わの罪か、世も、ねがひも、
希望も、かつてかがやくその光に、
眼のいろ澄める深淵その流に、
華やぐ聲ねのあやに、――かつて頼る
わが身のその幸限りあらざりしを、
ああなど君がゑまひに罪あるべき。
白日薔薇の花に射かへすとき、
亂るる影さへもなく紅なる
色こそ君が面わに照り映ゆらめ。
げにはた常住のゑまひや、嫉き花の
榮あるたはぶれとしもおもひ消して、
さらばよ戀の花園、さらばよ君。
五
靜かに今見よ、園の白壁にぞ
楊の一つ樹枝の影映れる。
その影忽ち滅えぬ、――かの蒼波
かくこそ海原闇き底に潜め、
影また漸く明り射す光の
眩く白く纒ふをながめいれば、
かつ墮ちかつ浮び來るそのきそひに
滿ちまた涸れゆくこころ禁めかねつ。
運命深き轍の痕傳へて
見えざる車響けば、宴樂にほひ、
歌聲輟むも束の間、おもへばげに
こは世に痛き鞭笞や壁なるかげ――
むちうて、汝虚しく見えなせども
花園榮なき日にもこは無窮
六
冀願は強きちからにあげられつゝ
隙なき吐息にきざすそのおもひも、
知らずや、はじめはこの世荒野のそと、
やすみのかげにこぼれしかなしき種子。
その種子きのふ描きし夢をゆめみ、
今日しも燃ゆる火とこそ生ひたちけれ、
祕めしは深き焔の生なりしか、
誰かはもとのこころを知りつくさむ。
花草かくて生ひたち匂ひなせば、
ああまたたはぶれの鳥何日しか棲み、
花の芽ぬきて飛びゆく、――戀かいまし、
いとよき幸のみはやく啄み去る時
胸には殘る面かげ、――消しがたきは
唇顫へて、たへぬ眼のうるほひ。
七
よきしほ流れてゆきて歸り來ねば、
むなしき行方見やるもかひなからむ、――
戀する二人が胸こそただ浪だて、
占問ひささやくやすみ世にまたなし。
手に手をその後くます夕來とも、
しのべる命さみしき香のみこめて、
言はむの彼はおもひを洩らしにくく
聽かむのこれは冀願をはや忌ままし。
天の座白き光のめぐれる日に
ここには物みな墜つる跡ぞ暗き、――
戀せし二人が一人、嗚呼そのまま
孰れか缺けゆく悔のあわだつとき、
沈むは瑪瑙の、瑠璃の戀の小壺、
鎖すは闇よ、――永遠なる大海原。
八
わが胸池水湛へ、時としては
精魂ここに紅蓮の華とぞ生ふ、
しのびに君よ、この岸かの水際に
幻影ふかき生命の香をたづねよ。
この時音も幽かに大蓮華の
蕾の夢さめ、人をなつかしみて
『かなたへ、君よ南へ、緑の國、
情の日の彩饒き空の下へ。』――
聲音もかくいと熱く誘ひなせば、
君はたせめていなまじ――『さらば彼處、
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ふたたび、嗚呼また三度語るを聽け、
『樂園涅槃の土のにほふところ
歡樂盡きぬ種子こそ常花發け。』
九
草やま草葉みどりに匂ひ靡き、
かがやく日ざしおほひて、絶間なくも
靜かに夢見うかるる身にし添へば、
ああわがこの身さながら空しき影。
空しきかげやわが身のこころのそこ、
光に融けゆくおもひいと樂しく
ねむりの界より歸れる途すがらに、
片ゑみさもなつかしき花を得たり。
わが日よ、高羽焔にめぐり搏ちね、
草山ひとつ縁の渾沌よりぞ
見よ今剖れし姿幸あらずや、
蘂の香親しみふかき花よ――少女、
ゆらめく胸に抱けば、こはわが世の
いかなる戀か、嗚呼またわれは夢む。
遽かにわが身變りぬ、否さらずば
聲なき歡樂手をば高くあげて、
『見よこの過ぎ行く影を、いざ』と指すか、
遷轉無窮の夢ぞ卷きて披く。
流るるこの甃石、都大路、
酒の香、衣の色彩みだれうかぶ、――
あやしや此處にもしばし彼の自然の
高嶺の、大野の力こもりぬらし。
嗚呼喧噪の巷も今し見れば、
往きかふ人影淡き光帶びて
あかつき朝日纒へる雲に似たり。
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極熱豐麗の土しばし抽きて
花草匂ふがごとく君も過ぎぬ。
十一
爭鬩絶間なき世の海のほとり
をぐらき幕はおちぬ、いかにかせむ。
潮は寂しく沈み、濤は暮れて、
櫓の音今こそ朽ちめ、嗚呼わが日の
生命の榮よなやみよ逝き果つるや、
つひにはこの身の罪の淨めがたく
回憶しげき荊棘の途に下り、
常闇つきぬ苛責にやさまよふべき。
頼るは、頼るは愛よ、君によりて
僅かに過ぎ來し片野路、荒磯べの
はかなき生の旅人幸やしばし、
希望の瑞木彩生ふ蔭に入りき。――
夢かは、現し狹霧のこの世去らば
かの空かがやききそふ君が光。
十二
その時わが身はここに、此處は星の
幾重かめぐれる途の外なるべき。
實にそが黄金環劃る虚空のみち
いつしか踰えこそ來つれ、(かく夢みて
夕暮ひとりまどへり)おふけなくも
胸には人の世さわぐ浪のおとの
仍かのゆらぎ傳へて、身にははやく
眞白き照妙魂の聖なる衣。
頼るは、頼るは愛よ、君によりて
地なる愁を去らむ、彼處にては
僅かに夢に見えつるその信を
眩きけふぞ天にて解き知るなる、――
見よここ永生の脈精氣みちて
時劫のすすみ老いせぬ愛の常かげ。
十三
何ゆゑ泣きし涙と今また問ふ、――
知れりや汝よ、かつては世のくらさに
萎れしにほひの夢よ、――ありしその日
短かき歡樂あかぬ契のすゑ。
零ちたる影や紀念の花小草よ、
回憶――そはいと深き林なれば、
黒羽の懊惱さまよふ彼の日にわが
汝が身のうへにかけにし涙のそれ。
さこそは、さこそは愁き露なりけめ、
涙や、しほや、――さはあれ高き愛の
涓滴それぞと汝もたのみけむか。――
小草よ花よ、今日こそたたへまつれ、
わびしき暗とかげとのへだて脱ちて
この岸光あふるる天の泉。
十四
運命彼をしも今とらへなせば
苦惱と畏怖の双輪たかく響く、
運命また彼をしも弄べば
嫉妬の影の痛みぞ癒えがたきや。
人の世短かき生の旅やどりに
踏みゆく途ぞ荒野の草身を刺し、
誘惑ここに棲めば、あぢきなくも
泯滅の犧牲とも知らで迷ひいるか。
『祈れよわが手下さむ。』ただこれのみ――
死はこれ運命の手か誰か知らむ、
(嗚呼聽く祈祷の聲よ)世は闇なる。
罪知る夕よここに惑へる身の
衷なる靈の疾風の行方いづこ、
命の火もまた滅ぶ彼やいかに。
十五
(藤島武二氏筆)
徂きしは千載か、塵か、わが手弱女、
眼ざしふかくにほふは何のさがぞ、
世はまた日に歸り來て、しづけささめ、
常久君が華にぞあくがれよる。
束の間虚空にめぐりて疾風羽搏つ
嗚呼その隙にしも人滅ぶといふ、――
傷みそ、彈くに妙音の浪白銀
傳ふる君が命は窮りなし。
いざ君かなでよ箜篌、――青水沼も
高草村も、げにこれ新大路や、――
頑鑛もまた藝術、慈相のかげ、
豪華や禮讃や、はた、戀や、歌や、――
そは皆君が手にこそ、桐若樹の
むらさき夏に潤ふ律調の園。
○
(キイツ)
明星、君が節操にわれあえなむ――
夜天に高く寂しう懸り照らし
かきはのまぶた

たゆまず寢ねぬ隱者のその態もて、
人住む世の磯めぐり淨禮行ふ
聖僧のわざ執りすすめる海まもらひ、
將また連峰澤野雪降り敷く
かの新やはら被衣瞰るそれならねど、――
否、さもあれ、常みさを常久にぞ、

とこしへ柔ら浪だつそれを觸れむ、
とこしへうまし惱みにこころさめて、
時より時に聽かばやそがやさ呼息、
なさけもうつつ、さてしも夢に死なむ
○
(ロセッティ)
何日いと君をよく見む、わが戀人、
白日をわが眼の精の香案――君が
その面、そのまのあたり、君によりて
知り來し愛の祈祷をいつく時か、
さらずば黄昏、(われらただ二人や、)
くちづけ密に、ささやきよく語りて、
夕かげつつむ朧の君が姿、
わが靈君が靈のみ目戍るときか。
嗚呼君わが戀、これよりながく見ずば
汝が身を、地にはおつる影もたえて、
泉にやどす眼ざしそれもなくば、――
いかにか響くわが生の夕山もと
希望の墜葉滅ぶる陸うづしほ、
滅びもはてぬ死の翼羽搏つ疾風。
○
(ロセッティ)
あだなる冀願、あだなる悔とつひに
手をとり死にゆきて皆あだなる時、
忘るる間なき苦痛を何なぐさめ、
忘られがたきをなどか忘れしめむ。
平和はなほ合ひがたきかくれ水か、
精魂さらずば直に緑野のべ、
命の甘き泉のしぶきがもと
露浸む華の護符を拔きえましや。
嗚呼わが畏こむ靈の、黄金み空
聖經蘂にひもどく花の間に
常世のみめぐみひそみ窺ふとき、
嗚呼はたあだし密偈のあらずもがな、
唯かの一つ「希望」の名だにあらば、――
ただその言の葉のみぞ、さば足りなむ。
鑿の手あらば鑿を執り力をこめよ、
絃の音知らば絃を彈けかし。
ああさは問ひそ、
『何處より來しかの鳥』と。
昨日閃電雲を焚き、けふ日は燃ゆれ、
ひとたび來ては巖を去らず。
ああまた説きそ、
『などか飛ばざるかの鳥』と。
鳥の姿はさやかにて、緑の珠の
その種子華と發けるに似たり。
あああやしみそ、
『世にめづらしきかの鳥』と。
鳥の瞳は、一日もしあらばその日に
甦り照る人の眼のかげ。
あああやぶみそ、
『何のしるしかかの鳥』と。
獨り友なく大峰に裝ひうかび、
また尾羽飜す朝もあらず。
ああゆびさしそ、
『眠るかかくもかの鳥』と。
鳴音は聽かず何日かまた鳴なむ聲か、
鳥は默してひとりし棲めり。
ああ嘲りそ、
『命絶えしかかの鳥』と。
翅はされど(誰そ言へる)輝きみちて、
一夜まぼろし峰をめぐれり。
ああ疑ひそ、
『夢にも似たるかの鳥』と。
搖ぎを胸に覺えなばゆらぎをつつめ、
ふたたびこの世鳥は歸らじ。
ああかなしみそ、
『何處に消えしかの鳥』と。
加賀神崎即有窟、高一十丈許、周五百二歩許、東西北通。
○所謂佐太大神之所産生處也、所産生臨時、弓箭亡坐、爾時御祖神魂命之御子、枳佐加比比賣命、願吾御子麻須羅神御子座者、所亡弓箭出來願坐、爾時角弓箭、隨水流出、爾時所産御子詔、此者非吾弓箭詔而、擲廢給、又金弓箭流出來、即待取之坐而、闇鬱窟哉詔而射通坐、即御祖支佐加比比賣命社坐此處、今人此窟邊行時、必聲※[#「石+滴のつくり」、U+25550、210-中-11]
而行、若密行者、神現而飄風起、行船者必覆也。
○所謂佐太大神之所産生處也、所産生臨時、弓箭亡坐、爾時御祖神魂命之御子、枳佐加比比賣命、願吾御子麻須羅神御子座者、所亡弓箭出來願坐、爾時角弓箭、隨水流出、爾時所産御子詔、此者非吾弓箭詔而、擲廢給、又金弓箭流出來、即待取之坐而、闇鬱窟哉詔而射通坐、即御祖支佐加比比賣命社坐此處、今人此窟邊行時、必聲※[#「石+滴のつくり」、U+25550、210-中-11]
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出雲風土記
こころ愁ひあれば枳佐加比比賣
涙もいと熱くひとり迷へり、
天なる神魂御祖をしのび、
暗き潮めぐる海の窟に
嘆くとき聲あり、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
愁ひに堪へかねて枳佐加比比賣、――
『あはれすべきかな、蒼海原の
あやしき調奏る神こそ知らめ、
失せつる生弓箭浪やかくせる。』
この時聲はまた、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
いとも醜き魂は浪に動き、
大海原まさにどよみわたりて、
飄風空より落ち、雲うち亂れ、
潮は火の如く渚に燃えぬ。
聲はまたこの時、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
『さはあれ、うるほへる胎の園生、
光の種子は裂け神の御裔と
生れまさむ吾御子益荒男ならば、
失せにし生弓箭のあらはれ來よ』と、
祷る時聲また、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
海しばし靜まり、浪より浪、
沖邊より磯邊に流るる弓箭。――
祈祷に伏し沈む枳佐加比比賣の
聖き精の宿りこの時ひらけ、
いみじき聲高く、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
嗚呼生れましにける佐太の御神、
猛くかたき光は海にかがやき、
浪よりあらはれし角の弓箭の
『こはわがものならじ去ねよ、』と詔らす
御聲はくもりなく、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
海また平らぎて、浪より浪、
沖邊より磯邊に寄せ來る弓箭、
黄金の裝ひかがやき流れ、
高潮みだれうつ闇に映れど、
御聲はまたさらに、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
嗚呼天の御裔の御子大神、
この時浪間より流れいでける
黄金生弓たかく手握り持たし、
かがやく黄金御征矢弓筈につがひ、
窟戸にたたして、――
『暗きかも、暗きかも、
嗚呼暗きかもこの窟。』
こころ歡びぬれば枳佐加比比賣、
吾御子讃むる時弓絃響きて、
征矢射通しゆけば天の香あふれ、
大海華のごと飜へりけり。
さて御聲さはやかに、
『光あれ荒磯邊、
佐太大神われたてり。』
法吉郷、郡家正西一十四里二百卅歩神魂命御子、宇武賀比比賣命、法吉鳥化而飛度、靜坐此處、故云法吉。
出雲風土記
わが姉うぐひす、いかなれば
野を、また谷を慕ふ身と、
鳥に姿をかへにけむ、
緑は匂ふそのつばさ。
われは永劫海の精、
きのふのむつみ身にしめて、
巖群渚おほ浪の
みだれに胸を洗はむか。
わが姉しばしふりかへり
北海寒き磯を見よ、
凍えて墜つる雲の下
ただあぢきなきこの恨。
われは悲愁つきがたく
沙に僵れ嘆くとき、
深きおもひもわたづみの
とよもしにこそかくれけれ。
わがあね、鶯、ほのかなる
ほほゑみほめて、世の人は
鳴く音しらべの汝がこゑに
愁ひ痛みも忘るべし。
われは迷へる海の精、
貝の殼なる片葉もて、
きのふぞ二人大神に
捧げにけるを生藥、――
わが姉、鶯、なにすとて、
大虹ふかき彩に照る
殼のさかづきうちすてて、
すてて惜まぬ歌の聲。
われは今なほ海の精、
汝がゆくへをば思ひやり、
巖にのぼり、浪にぬれ、
夜もまた晝もかなしまむ。
鶯、鶯、わが姉よ、
春に遇ひたる樹間より、
しばしは荒き遠海の
昔をしのびいでよかし。
われは朽ちゆく海の精、
なげきのこゑも消ゆるまを、
いよいよ春に時めきて
汝がしらべこそ清からめ。
黄なる小草とみだれあひ、
紫蘇の葉枯るる色見れば、
なぞも野みちにたたずまれ、
かばかり胸の悲しきや。
わかれし人の面影の
ここにもうつるわりなさか、
それにもあらでかかる日に
かかる野みちのいたましき。
黄なる小草と、紫蘇の葉と、
この日この野に枯れみだれ、
日は秋に伏す路遠く
いづこより曳く愁なるらむ。
『みだれてくらき深海の
底にねむりし身もこよひ、』――
眞珠小百合の唇に
はじめてふれて、
『君を戀ふ』と。
産めどもふかく沈めつる
海はしんじゆの母なれど、
母をも棄ててこの園に
ああまた何ぞ、
『君を戀ふ』と。
小百合は知るや、慕ひよる
眼ざしは天にふさへども、
胸にはゆらぐ海の音の
うれひやいとど
『君を戀ふ』と。
あふれて月は雲に入り、
雲は光にとくるとき、
小百合の園の香に映えて
影ゆめふかげ、
『君を戀ふ』と。
しんじゆの清き身ならずば
小百合なにかはくちづけの
あまきにほひもまじへじを、
さてもせつなげ、
『君を戀ふ』と。
夜はひとやのやみならで
今宵月照る戀の園、
やすらひの戸もかげやけど、
きかずやあはれ、
『君を戀ふ』と。
嗚呼沈みしも海のそこ、
戀ふるも深きこころには、
小百合なさけのくちづけも
あさきやさらに、
『君を戀ふ』と。
戀の火焚けば雲もはた
濤もひとつの火のいぶき
光の干潟、――月もまた
わづらへどなほ、
『君を戀ふ』と。
『

おもひはもゆる身ぞこよひ、』――
眞珠小百合の花びらの
口にくちづけ、
『君を戀ふ』と。
埋もれし去歳の樹果の
その種子のせまき夢にも、
いかならむ呼息はかよひて
觸れやすき思ひに寤むる。
さめよ種子、うるほひは充つ、
さやかなる音をば聽かずや、
流れよる命の小川
涓滴のみなもといでぬ。
夢みしは何のあやしみ――
身はうかぶ光の涯か、
ゆくすゑの梢ぞかなふ
琴のねの調のはえか。
うづもれし殼にはあれど、
なが胸の底にしもまた
歡樂を慕ひつくすと
あくがるるあゆみ響くや。
萌えいでてさらば一月
菫草こそ君が友なれ、
生ひたちて、やがてはある夜
眞白百合君に添はまし。
われただひとり佇みて
聽けば寂しやささやきを、――
そは白き日の洩すなる
天のささやき、遠海に。
幽かなれどもあきらかに、
しづかなれども燦めきて、
輝く天のささやきの
解きがたきかな、遠海に。
嗚呼高き虚空、遠き海、
際涯なきものの世にふたつ、
かたみにあぐる盞に
光あふるる虹の色。
酌めるは何のうまざけぞ、
この世ならざる歡樂の
まよはし纒ふ眞白手に
祕めて釀みけむ戀の酒。
眞晝は滿ちてかがやけど、
誰か來りて白銀の
天のひかりのささやきを
かの遠うみに慕ひよる。
そのささやきを解きてこそ、
さてこそ星のいただきに、
かしこに百合の園ありて、
薫香いかにと知るべけれ。
さてこそ、海は飜へり、
潮は華とみだれちり、
ゆたかにうかぶ鹽

化りしすがたも趁ふべけれ。
幻影なれば觸れがたく、
ただ華やかに身をめぐる、――
解きしは、さても知りつるは
何ぞ、いかなる祕事ぞ。
さめてはすべて言ひがたし、
慕ふのみ、はた、忍ぶのみ、――
幻影なれば移ろひぬ、
眞晝もやがて傾きぬ。
今眼に入れるかげ見れば
小甕は浪に燃え浮び、
甕のおもてはかがやきて
火もて描ける火の少女。
幻影はげにここに盡き、
小甕は浪に沈むとき、
わが身――焔の琴の絃
火の小指もて誰か彈くべき。
落葉林の冬の日に
さいかし一樹、
(さなりさいかし、)
その實は梢いと高く風にかわけり。
落葉林のかなたなる
里の少女は
(さなりさをとめ、)
まなざし清きその姿なよびたりけり。
落葉林のこなたには
風に吹かれて、
(さなりこがらし、)
吹かれて空にさいかしの莢こそさわげ。
さいかしの實の殼は墜ち、
風にうらみぬ、――
(さなりわびしや、)
『命は獨りおちゆきて拾ふすべなし。』
さいかしの實は枝に鳴り、
音もをかしく
(さなりきけかし、)
墜ちたる殼の友の身をともらひ嘆く、――
『嗚呼世に盡きぬ命なく、
朽ちせぬ身なし。』――
(さなりこの世や、)
人に知られでさいかしの實は鳴りにけり。
風おのづから彈きならす
小琴ならねど、
(さなりひそかに、)
枝に縋れる殼の實のおもひかなしや。
わびしく實る殼の種子
この日みだれて、
(さなりすべなく)
音には泣けども調なき愁ひをいかに。
かくて世にまた新なる
光あれども、
(さなり光や、)
われは歎きぬさいかしの古き愁ひを。
昨日緑の蔭にして
ふたたび君と相見てき、
こはゆくりなさそのままに
邂逅ひつつ別れけり。
胸には淡く殘るとも
面影の花朽ちざらむ、
わかれきてこそいや慕へ、
名をだにしらぬ君なれど。
君星眸のをやみなさ、――
雲にあふれて雲をいで、
光は裂けて榮え顫へ
野に野の草をわたるごと。
君星眸のをやみなさ、
たまたまやどすその影の
胸になやみの戸を照らし
ふかき園生の香に入れり。
夜こそ明けけれわかやかに、
ああ歡樂の日に遇はば、
高きその日は見ずもあれ、
光に添はむわがねがひ。
馨香はされど驚きて
などかはそむく戀の花、
君おもかげの花なれど
あまりわびしき夢のかげ。
戀のながれのわれや水、
ながれて底に沈めども、
水泡と浮び消えもせで
かの星眸のなほも殘れる。
眞白き霜の曉に
香もなき枇杷の花に來て、
小鳥かなしきまなざしは
うすき日かげにただよへり。
小鳥よ、いましものうげに
鳴くは羽がひの冷ゆるとや、
冬かくまでにうら寂びて
なさけの園は遠しとや。
雪雲とぢて風冴えぬ、――
鳴くねあはれのおとろへに、
よろこびかつてあかざりし
ふしの華やぎ聽きわかず。
宴樂の海も時來れば
醉の潮の落つる間を、
干潟に拾ふうつせがひ
その盞を誰か汲む。
女神手をとり野に引くと
ゆめみてさめし曉に、
などその夢のたのしくて、
この鳴く聲の悲しきや。
わが夢の門にさまよひて
香もなき枇杷の花を啄み、
氷雨のうつにまかせては
傷ましきかな汝が姿。
光は白き鳥となりて
輝く空の黎明に、
めざめてもなほ麗はしき
夢の翅や。
曉星清き天の園に
瑞木は匂ふ彩の氣息、
見よ雲もまた命ある
香にこそ染まれ。
世は新しき日にかへりぬ、
運命の車いと暗き
轍のあとも古歳の
塵にかくれよ。
何處に人は徂き果つとも、
この日めざめし天の戸の
光の誘ひとことはに
われはたのまむ。
溶けたる瑠璃の高き淵に
雲は流れて注ぐ時、
焔うかべし朝のいろ、
朝のよろこび。
太虚の宮殿の階段踏み、
聖き扉に手を寄せて、
誰が權威にか披きけむ、
樞ぞ響く。
げに今白き鳥となりて
光は天を離れけり、
天を離れてわか草の
野にこそ降れ。
短詩飜譯の四くさをここにかかぐ。その一は鬼才ブレエキ作“Sun-Flower”にして、その二は作詩典雅をもてあらはれたるランドル七十五歳生誕日の翌某女友に遣れる述懷の詠なり。その三はダンテ、ロセッティ幽婉の傑作、わが愛誦措かざる“Sudden Light”の一篇、その四はクリスチナ、ロセッティの數多かる抒情の歌のうち“One Sea-Side Grave”と題せるを擇びつるなり。四章もと寸璧のかがやきことに著るしけれど、そのうるほひを傳へむことはむづかし。
(ブレエキ)
ああひぐるまや、日のあゆみ
ひねもすかぞへ倦みつかれ、
旅ゆくみちのはてといふ
うまし黄金の國を趁ふ。
うらみうせつるますらをも、
雪衣かつぎ逝きし子も
墓よりいでゝたづねよる
國へわれもといのる日ぐるま。
(ランドル)
爭はざりき、爭ふも益なき世や、
めでしは自然、そをおきて藝術のわざ、
雙手命の火にかざしぬくめしかど、
火ぞ沈む、嗚呼何日とてもかしまだたむ。
(ロセッティ)
そのかみここにはありけむ、
いつぞ、いかにと語りあへねど、
さながらなりや外の面微草
鋭き美しかをり、
嘆く浪の音、磯めぐる燈火のかげ。
そのかみ君をも知りけむ、
いつの世ぞとはえもわかねども、
燕さすかた頸を君
さはかへすとき、
面
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そのかみかくこそありけめ、
うづまく「時」のすがひゆく間や、
二人が戀はまた身に添ひ、
朽ちまじとさては
夜も日もおなじ歡樂にかへれるやいざ。
(クリスチナ、ロセッティ)
おもひもいでず薔薇さへ、
おもひもいでずうばらさへ、
さても麥刈つかれはて
積みし穗によりねぶるごと、
しかせむわれも黎明まで。
寒きは寒き臘月の――
過ぎしはゆきし日のごとき
その間も一人われをおもふ、
世はみな忘れはつるとも
なほ一人のみわれを憶ふ。
破船の後――南海の孤島
海ぞわが戀、いかなれば
おもひかなしき、
海ぞいのち、
見よ浪はあふれ、日こそ照らせ。
うかび來つれば身も船も
しぶきのしづく、――
ああわたづみ、
しづくとくだけし船を見ずや。
さだめは土に歸る身も
海に就かまし、
ただねがふは
海に生き滅び、土と朽ちじ。
飮まむか海のさかづきに
恐怖の一夜、
あらしと浪と
かげこき雲とに釀める酒を。
ひとたびはわれら口づけし、
されどなほさむ、
幸なの友、
船のみくだけて、なほながらふ。
酌まむかさらば浪熱く
とけしほのほを、――
夢ふかかれ、
こゆかれその酒、そのあやしみ。
幸なのともよ、蔭もなき
珊瑚の島ね、――
日こそ燃ゆれ、
井をもとむれども潮湧きぬ。
渇はやまず、うしほのみ、――
ただ海の水、
いかにかせむ、
玳瑁を焚きて潮煮たる。
誰そこの小草くれなゐの
草の實すつる、
ああこの時
などかはおそるる、こを賞でずや。
われこそさらば口づけめ、
なつかしの實や、
知れわが身を、
汝はこれわが夢、わがまぼろし。
なさけはふかき潮より
凝れる
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島根さんご
紅の實とぞさはやどれる。
死よりもつよき戀とこそ
はやく聞きつれ、
海のみなみ
かがやき媚ぶるやこの草の實。
かつては清みしわがいのち、
花瓶の水――
花ははやく
世をば萎み去りて、――水は海に。
海ぞわが墓、ここにして
何かなげかむ、
死の盞
戀の實したたり薫ずるをや。
今またさしも寄りそふか
おもひのかげよ、――
わが眞白手、
いざこのさかづき飮みほしてむ。
わたづみの戀、海の日や、
照らせあふれよ、
夢ふかかれ、
濃ゆかれこの酒、このあやしみ。
(明治三十六年五月刊)