童謡・少年詩
小川未明
子もりうた
坊やはいい子だ、ねんねしな。
泣くないい子だ、ねんねしな。
月の光をながむれば、
母さん、父さん恋しいよ。
水の流れをながむれば、
母さん、父さん恋しいよ。
お守のお里は遠い国。
泣くと、わたしも泣きたいわ。
坊やはいい子だ、ねんねしな。
泣くないい子だ、ねんねしな。
お星さま
澄ちゃん、澄ちゃん、なにあげよう。
あのお星さま、とっておくれ。
あんまり高くて、とれません。
そんなら、あたいがとってみよう。
お星さま、お星さま、なにあげよう。
のどがかわいた、水おくれ。
あんまり遠くて、いかれません。
そんなら、わたしが下りていこう。
あかい雲
あかい
雲、あかい
雲、
西の
空の
紅い
雲。
おらが
乳母のおまんは、
まだ
年若いに、
嫁入りの
晩に、
海の
中に
落ちて、
あかい
雲となった。
おまん、おまん、
まだ
年若いに、
あかい
紅つけて、
あかい
帯しめて、
からこん、からこん、
げたはいて、
西のお
里へ
嫁にいった。
あかい
雲、あかい
雲、
西の
空の
紅い
雲。
三か月
かまのような、お三か月、
早う、大きくなって、
お嫁入りの晩に、
まるい顔出して、
雲のあいから、のぞいてみい。
お江戸は火事だ
お江戸は火事だ、
お江戸は火事だ。
出てみい、出てみい、
東の空が真紅っか。
露が降りたよ、もう、お寝よ。
隣のじいさん、臼ついて、
娘は、夜業に機を織る。
闇
お母、足が痛い。
我慢をしろよ。
お母、もう歩けない。
もう、すこし我慢をしろよ。
お母、どこへいくのだい?
「…………」
空は真っ暗である。
怖ろしい波の轟きが聞こえる。
管笛
お母火を燃すけえ。
そねえに燃さなくても温けえないか。
だって今日は寒いもの。
寒いか、そんだらくべろえ。
明日、また出て薪取ってくるわの
そう心配さっしゃんな。
* * * * * *
お母、燃えたぜ当たらっしゃい。
汝、やかましいそげなもの吹くなよ。
ごじゅうからがたくさんきていたぜの、
あっちの神社の森にきていたぜの、
ほら鳴いているだろの、
俺のこの笛聞いて鳴いているだろの?
ふいふいふい
悲しく鳴る管笛。
古巣
つばめが帰るとき
真紅な美しい夕焼けに、
少年はらっぱを鳴らして
遊んでいた。
つばめがきたとき
家の周囲を幾たびも飛びまわった。
すると、少年の吹いていたらっぱは
窓の下に捨てられて、
赤いさびがところどころに出ていて、泥に塗れていた。
童謡
みいちゃんみいちゃん、なぜ泣く、
青い空見て泣くんだ。
青い空見てなぜ泣く、
つばめの行方が悲しくて、
母を思うて泣くんだ。
おもちゃ店
長二は貧乏の家に生まれて
おもちゃも持たずに
死んでしまった。
美しいガラス張りの店頭に、
西洋のぜいたくな小間物や、
赤、紫に、塗ったゴムまりや
ぴかぴかと顔の映る銀笛や、らっぱや、
なんでも子供の好きそうなものが
並べてあるのを見ると、
店のガラス戸を砕いて
それらのものをめちゃめちゃにたたき壊してやりたくなる。
隣に住んでいた、
あの貧しかった、哀れな長二のことを思い出したときに
お母さん
「お母さん海が見えた!
あれあれかもめが飛んでいるよ。
あれあれあんなに遠く帆掛船が
見えるよ。
お母さんお母さん海が見えたよ!」と
子供がいった。
「沖の白帆が白いか、飛んでいるかもめが白いか、わたしの姿が白いか。」と
波がいった。
「さあ、車夫さん、かまわんで引いてください。」と
母がいった。
赤い鳥
鳥屋の前に立ったらば
赤い鳥がないていた。
私は姉さんを思い出す。
電車や汽車の通ってる
町に住んでる姉さんが
ほんとに恋しい、なつかしい。
もう夕方か、日がかげる。
村の方からガタ馬車が
らっぱを吹いて駆けてくる。
鳥屋の前に立ったらば
赤い鳥がないていた。
都の方をながめると、
黒い煙が上がってる。
海と太陽
海は昼眠る、夜も眠る、
ごうごう、いびきをかいて眠る。
昔、昔、おお昔
海がはじめて、口開けて、
笑ったときに、太陽は、
目をまわして驚いた。
かわいい花や、人たちを、
海がのんでしまおうと、
やさしく光る太陽は、
魔術で、海を眠らした。
海は昼眠る、夜も眠る。
ごうごう、いびきをかいて眠る。
月が出る
だれが山でらっぱ吹く、
青い空から月が出る。
だれが野で太鼓打つ、
広い畑から月が出る。
だれが海で笛を吹く、
波の中から月がでる。
だれが町で歌うたう、
月がまんまるく照らしている。
鈴が鳴る
あれあれ鳴る、鈴が鳴る。
水で鳴る、空で鳴る、雲で鳴る。
あれあれ鳴る、鈴が鳴る。
路で鳴る、丘で鳴る、森で鳴る。
月夜の晩に、
白い馬が、
銀の鈴を鳴らしてきた。
どこから、どこまで鳴らしてゆく。
西から、東へ、
鳴らしてゆく。
いつから、いつまで鳴らしてゆく。
坊やがおねんねする間。
りんりん、りんりん、
鳴らしてゆく。
あんずの花
私の家にきた盲目、
帰りにあんずの花折って、
夏がきたら、またこよう。
赤いお月さま出る晩に。
俺はくるくる青坊主、
笠をかぶって坊ちゃんの、
お家の窓から、のぞきましょう。
私は姉さん思い出す
花によう似た姿をば、
なんの花かと問われると
すぐには返答に困るけど。
ただ微笑みてものいわず、
うす青白き夢の世に、
いまは幻と浮かぶかな。
花にいろいろあるけれど、
燃える紅い花でない。
冷たい白い花でない。
夏はまだ浅く、色淡く、
紫陽花の咲くころに、
私は姉さん思い出す。
にじの歌
こちらの森から
あちらの丘へ
にじが橋をかけた。
だれが、その橋
渡る。
からすが三羽に
乞食が一人。
乞食はつえついて上がったが
からすは、あわてておっこちた。
落ちたからすはどこへいった。
夕焼けの空へ。
上がった乞食はどこへいった。
お星さまの世界へ。
にじが消えた。
にじが消えた。
下の町には火が点いた。
風ふき鳥
風ふき鳥
飛んでどこへゆく
海は暴れているぞ。
なんで鳴く
かあかあ
山も暴れているぞ。
あんなに高く
あんなに低く
後になり、先になり。
みんなから、きらわれて
鳴き鳴き
飛んでゆく。
黒い衣を着かえて
こい。
金の帯をしめて
こい。
今度の世には
王さまにしてやるぞ。
冬の木立
冬の木立
しょんぼりと
寒かろう
蓑着よ
合羽着よ
綿帽子かぶりょ
からすが
頭に止まった
かんざしのように止まった
海
海
海
黒い
黒い旗のように
黒い
海
海
海が鳴る
黒い旗振るように
黒いふろしき振るように
海が鳴る
海
海
黒い
晩のように黒い
墨のように黒い
●表記について
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